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「で、どこにあるの、そのママラキアは?」
「……ほんっとーーーーにそなた、私の話を聞かないな?」
「そんなことないわよ。でも万能薬の元にもなるんでしょ? 売ったら路銀になりそうじゃない」
「…欲に塗れた勇者だな」
「勇者だろうが何だろうが、路銀なくちゃ野垂れ死ぬわよ」
「まぁ、人間はそうだな」
結果、ライラはティモシーと共にママラキアの採取する権限を手に入れた。というのも、ティモシーはママラキアの生えている場所は知っているが、とても危険で一人では行けそうにないと諦めかけていたそうだ。それでもどうしても必要で採取に行こうとした矢先、あの男たちに絡まれたらしい。
だが、ティモシーの怪我の完治には数週間かかる。それまで待つか、といったとき。
「え? 私運ぶわよ?」
イヴァンヘルノはライラがモテない理由を知った。
もちろんティモシーもそれを辞退した。いくら何でも女性に運んでもらいながら行くのは情けない、と。しかしライラ一人では行かせるわけにもいかない。ティモシーはどうしても自分で取りに行きたい理由があるようだった。
結果、間をとって三日後に行くこととなったのだ。(どこがどう間なのかはイヴァンヘルノにはわからない)
二人(実際には一人)は、短期滞在用の宿屋をティモシーに聞き、そこへ向かっていった。
「そなたが治癒魔法を使えていればなぁ」
「あー…出来なくはないんだけどねー」
「!? 何でそれを早く言わない!?」
「あれ、言ってなかった? 私魔術と相性悪すぎるのよね。いっつも多めにやっちゃって、やり過ぎちゃうみたいなの」
てへ、と言っているが内容は全くかわいくないことに気づいているだろうか。
「ちなみにやり過ぎるというのは?」
「んんー…」
珍しくライラが言いよどむ。ただの治癒魔法だよな、とイヴァンヘルノは考えるが、相手はライラだ。
「なんだ、そんな悲惨なことになったのか…?」
「いや、そうじゃなくて。…昔森の動物に治癒魔法をかけたのよね。私が怪我させちゃったし、食べるわけでもなかったから。でも結構年いっているみたいだったんだけど…、かけたらハッスルした」
「…は?」
「だぁかぁらぁ、発情期でもない奴らが、見境なく襲ってきたの!! もう、師匠は大爆笑するし、ほんと有り得なかったんだからね!? そもそも私人間だっつーのに!」
つまり、怪我した動物に治癒魔法をかけたら、治るどころか超元気になってしまい、発情状態になったらしい。そして見境なく襲われたと。それは…。
「……ライラ、そなた…」
イヴァンヘルノの目には、憐みの感情以外なにも浮かんでいない。もう、可哀そう、それしか言えない。
「~~~そんな目で見ないでよ!! 私だってすっごい頑張ったの!! でも魔術だけはどうしても無理なのっ!!」
「…だからそなた、偶に魔力駄々洩れにしておったのか」
おかしいとは思ったのだ。イヴァンヘルノがライラの魔力に気づいたのは、割と最初のほうだった。感情に任せて物を壊してくれたあの時から、既にライラからは魔力が漏れていた。わざとなのかそうでないのかはわからなかったが、イヴァンヘルノはここぞといわんばかりにその魔力を吸い取っていた。少しでも魔力を取り戻すために。
「そうなの? そういえば師匠も言っていたわ…、お前の魔力は濃度が高くてきついからちゃんとしろって。ちゃんとしてるわよ、失礼ね」
「……」
イヴァンヘルノは突っ込まない、突っ込まないぞと心に誓った。ある意味、このライラという勇者は規格外なのだと思って物事を進めないといけないのかもしれない。
「それで、どうするのだ」
「どうって?」
「そなたのことだ、あの男を運命だと思っておるのだろう?」
「え!? 何でわかったの!?」
「わからないほうがおかしいわ」
「んー、とりあえず、ティモシーさんはどうしてもママラキアが必要みたいだから、そのお手伝いからかな。危険な場所なんでしょ? もしかしたらつり橋効果みたいのあるかもしれないじゃない」
「なりふり構わんな、そなた」
「私だって少しは成長したわよ。まだ、ティモシーさんが運命の人かどうかはわからないって思っているんだから」
「……」
絶対嘘だ、とは言わない。ライラがそういうのであれば、きっとそうなのだろうと思い込むことにする。
「だからママラキア採取した後かしらね。……ねぇねぇイヴァン」
「なんだ」
「やっぱり腹筋の話はしないほうがいいのかしら?」
「―――今更か!!」
「え!? やっぱりダメなの!? 言ってよね、そういうこと!!」
「なぜ私が言わねばならん!! というより、そなたが自分で気づくべきことだろう!!」
「っ…仲間でしょ!! 私のこと助けるくらいのことしてよ!!」
ライラは不貞腐れたように頬を膨らませ、湯あみをしてくると言い部屋を出ていく。そしてその様子から、イヴァンヘルノはライラが本気で結婚したいのだと知る。
いや、もちろん運命の人だなんだ言っていたので、したいのだろうとは知っていた。だが、自分が思うよりも彼女は切羽詰まっているのかもしれない。理由はわからないが。
「……そもそも、どうしてあやつは結婚なぞしたいのだろうか…?」
ライラを見ていると、好きな人がいるから結婚したい、というわけでもなさそうだ。どちらかと言えば、結婚することで得られる何かを求めているような気がする。
それらは天と地ほどに意味が違うことを、ライラは知っているのだろうか。
「…仕方あるまい」
イヴァンヘルノはため息を吐く。いざとなれば、自分が守ればいいだろうと考えて。
「イヴァンの馬鹿っばかばかばかばか!!」
ライラはむかつきの衝動のまま、イヴァンヘルノを貶した。一緒に旅する仲間なのだから、自分に協力してくれてもいいのではないだろうか。
いや、そもそも自分がイヴァンヘルノを斃しに来たにも関わらず、彼の手伝いをしているのだ。それくらい言ってくれてもいいんじゃないの、とライラは一人憤っていた。
「ほんっとーーーにイヴァンってばわかってないんだから!」
どれほど自分が結婚したいのか、理解していないのだろうか。ライラは絶対に結婚したいのだ。運命の人と、一生を共にして幸せに暮らすと、決めているのだ。
――――どうしてかは、考えずに。
「……仕方ないわね! 私が気づけばいいだけの話だし。それにそもそもイヴァンは魔王だわ…。気づくはず、ないわよねー」
うんうん、とライラは一人で考えて納得する。そうだ、そもそも奴は腹が割れていておかしいのかとのたまった奴だ。そもそもの概念が違うのであれば仕方あるまい。
ここは自分が大人になって、謝れば…。謝りたくない、なんて、そんなこと考えてない。ないったらない。自分は勇者だ。自分の非はちゃんと認めなくてはならないのだ。
たとえ相手が魔王でも、筋は通すべきだ。
「………よーーーーっし! 景気づけに酒でも飲むかなーー!」
素面では謝れそうにないライラは、目についた飲み屋に直行する。そして並み居る酒豪たちを潰し、そのままの勢いで飲み続け、ライラはその酒屋の伝説となった。
ごとぉっ…。
大きな音を立てて、また一人挑戦者は床へと沈んだ。
息をのむように見守っていた者たちは、それを見て歓声をあげる。
「うぉおおおおお!!」
「すっげーなねぇちゃん!!」
「いやぁ、すげえ飲みっぷりだな!!」
「おやじぃ、店の酒全部飲まれちまうんじゃねぇの!?」
「えへへへへ、ちょう、おいしい」
六人抜きをしたライラは、ほんのりと頬を染めてゆらりと笑った。景気づけのつもりだったが、当たりの店にこれたようだ。
出される酒も料理も、なかなかおいしい。だから、つい進んでしまう。
「まてまてまてーーーぃ!!
次はこのオレが挑戦すんぜーーー!!」
「やめとけって、マジで」
「あいつおかしいよ、ずっと飲んでんだよ?」
「オレを信じろ!!ぜってー勝つ!!」
その二時間後、その酒屋は死屍累々となった。
そんななか、一人楽しそうに飲んでいるライラを見た店主は。
「……あいつぁ、やべぇな」
そうぽつりと言うも、今日の売り上げ具合にホクホクしながらグラスを洗った。
後日、ライラに再戦を申し込みに男たちが店にやってくるも、ライラがその店に来ることはなかった。
噂は噂を呼び、ライラは酒屋の伝説をして語られることになることを、本人は知らない。