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天使に生まれ変わりまして  作者: 飴屋大吉
序章
5/6

急務、そして天使業へ






「あの、未来の修復って、一体……?」


「ああ~、ああ、うん、そうだよね。いきなり言われても分かんないよね。ミハイル、この業務は昨日まであんたの班が受け持ってたんでしょ。説明お願い」


「畏まりました!えー、ではサイカさん、先ずは手の下にある本を手に取ってみて下さい。その黒い玉はもう置いて大丈夫ですよ」



 複雑そうな顔のユカリさんから、嬉しそうなミハイルさんへと会話のバトンが渡される。

 何がなんだか訳が分からないが言われるがままに玉をそっとテーブルの上に置き、代わりに三冊の本を手に取った。

 これは門外不出と言われたものだ、丁重に扱わなければならない。


 と、しっかり両手で抱えたのだが、それらは先ほどよりは弱い淡い白色の光を発し、その輪郭がぼやけたかと思えば……そのまま手に、吸い込まれた。

 予想だにしない事態に、本を持ったそのままのポーズで固まっていると、「それでですねー」とミハイルさんから続きの言葉が放たれる。



「今、サイカさんの中に入った本を、それぞれの色を浮かべながら“権能行使”と唱えて下さい。それで三冊すべて呼び出せます。また個別に呼び出す際には、黒本は“黒世閲覧”白本は“黒世改変”青本は“権限確認”です。どれも世界の中に降りる際には必要な書物ですので、キーワードは必ず覚えておいて下さいね。では、本を出してみましょう。さあ、“権能行使”」


「け、“権能行使”」



 目の前でミハイルさんが本を三冊呼び出したのを手本にしながら、同じように何もない空間に向かってキーワードを口にする。

 手に吸い込まれた瞬間は目にしたものの、ちゃんと出てきてくれるのか半信半疑であったのだが、三冊の本はまるで最初からそこに存在したかのようにすんなりと目の前に現れてゆっくりと手の中に収まりにくる。


 吸い込まれたから、吐き出すように出てくるのかと身構えてしまった。この方が出方がスマートで良いな。

 まるで魔法のような光景に感動しながら矯めつ眇めつ本を眺めていると、ふと、周囲から微笑ましいものをみるかのような視線に晒されているのに気が付く。


 3人とも、まるで我が子を見守るような視線で自分を見ている。

 そして、まだ説明中であったなと、慌てて居住いを正した。



「えっと、その、すみません。不思議な体験だったもので……」


「いえ、構いませんよ。僕も初めて本を貰った時は驚きましたから。でもきっと、もっと驚く事が沢山出てきますよ」


「元々がてんしなおれらでも、ここ来てから開放された権限の広さに目が回りそうやったしなあ。ああそうそう、てんしとして行使可能な権能は青い本に全部載ってるさけ、暇な時に読んどき。その分厚さよりも内容は多いからちょい大変やで」


「あ、はい……え?分厚さよりも?」



 ヒトセの言に鸚鵡返しにすると「一回開いてみ?」と返され、言われるがまま表紙からペラペラと捲っていく。

 通常の本のように、目次から始まり……目次から……目次、目次、目次………。


 延々と目次の頁が続き、そのまま最後までパラパラと捲り終えて、そこそこの分厚さのある本をパタンと閉じた。



「ヒトセ!目次しかないです!」


「うはははは!せやろ?せやろ?初見なんやこれってなるやんな?」


「ちょっとヒトセ、人が悪いよ。ウチに入る子で遊ばないでくんない?」


「ふははっ、堪忍なー。そう、そんでなサイカ、その本は目次から見たい権能とその頁を探しだして、それを本に伝えて表示して貰うようになってんねん。てんしがやれる事、つまり世界に反映させられる事柄が多すぎて、本一冊じゃ纏まらんかったんやろな」


「はぁ、なるほど……確かに目次だけでこの分厚さですし、本にしてしまったら棚ごと持ち歩かないといけない量になりますよね」



 ざっと見た限りでも、細かい字でビッシリと一頁が埋められてる上に、それが辞書ほどの分厚さになっている。

 読み終わるまで大層時間が掛かりそうだと思いながら、何の文字も書かれていない表紙を撫でて、そう言えば仕舞うときはどうするのかと思い至りミハイルさんへ顔を向ける。


 尚も微笑ましそうな笑顔だった彼だが、僕の聞きたい事を察してか、心得たとばかりに説明に戻ってくれた。



「さて、では本の扱いについての続きですが、もう見る事がなくなった場合は“権能終了”、でこの通り、また体の中に収まります。もし本を無くしたとしても、このワードで終了させたら自動的に体の中へと返ってきますので、安心して下さいね」


「“権能終了”……おお、凄い高性能な本なんですね」


「ええ、そうですね。世界の中、それも人間界などにおいては、神器(アーティファクト)伝説級魔術本レジェンドリースペルブック等と呼ばれる類いのものでしょう。なので、世界の中の者達にはその存在を知られないよう気を付けて下さいね。まあ知られたとしても、僕たち以外にどうにか出来るものではないので悪用などは起こり得ませんが、余計な混乱を避ける為です」


「なるほど、わかりました。それで、世界の中に降りると使うと仰ってましたけど、中とは一体何処なんでしょう?ここは世界の外なんですか?」


「ああ、いえ、外ではないです。ですがこの世界には外が存在しないので完璧な中でもないというか……そう言えば、世界の呼び方や仕組みについての説明もまだですね。此方を先にご説明しましょうか」



 長くなりますが良いですか?とミハイルさんに問われたので、勿論ですと軽く頷いて先を促す。

 そして小さく咳払いした彼は、まるで流水のようにつらつらと喋り始めた。



「先ず、僕達が存在できる限界世界、これを黒世と呼びます。黒世はあらゆる世界を飲み込んでいる被膜のようなものだそうですが、現存する概念での接触が不可能ということで、僕達ではそれを確かめる術はありません。そしてこれは、微弱ながら意思を持っています」

「そしてこの黒世は無数にありまして、その全ての黒世の中にまた世界があります。この世界は黒世によって様々でして、泡のように無数に世界が存在していたり、マトリョーシカのように世界の内にまた世界があったりします。一本の線のような世界もありますね」

「そして、世界の中とは基本的に、黒世の中に在る世界の更にその内側を指します。世界に入る、とはそこへ入る行為を言います。そして先程ユカリさんが仰ったように修正をかけるんですが、何故そのような事をするかと言いますと、その世界内で本来辿る筈の道筋、未来ですね。それが崩れるのを黒世は嫌がる傾向がありまして……結果何が起きるかと言いますと、まあ、世界の消去です。リセットしようとするんですね」

「それが黒世の意思なら中の世界は放っておいていいのでは?とも思ったものですが、随分前に、未来が本来の途から外れている所へ向かい元の流れに戻すように、との通達と同時に各黒世内へ直行のパスが繋がれまして、そこから手探りで世界内の乱れを修復し、慣れてきたころに問題点を洗い出し効率化を行って、今の体制になります」


「はあ……なるほど……?」



 ミハイルさんの言ってることが専門的過ぎて、幾らかは右から左へ通りすぎて言った。なんと無く理解できたのは、黒世とやらの中に入ったらまだ世界があるからそこに入るんだよ、と言うことくらいだ。……合ってる?かな?


 それで、未来の修復は……世界そのものがそれを望むからそうする?ってことかな?


 もうちょっと詳しい説明が欲しいなと思いながらも大人しく話の続きを聞いていると、段々と流れが逸れていき、彼の説明は次第に雑談のようになってきた。

 まあその話も面白いので、ミハイルさんの説明を何とはなしに聞いていると、音もなく立ち上がったユカリさんが彼に肘鉄を食らわせる。


 うーん、容赦ないなぁ……。



「脱線してんぞ、コラ」 


「うう…す、すみません……それでですね、サイカさん。纏めますと、世界の未来を修復する、と言うのは、黒世内世界の中へ介入し、本来の流れから逸れている点を洗い出し、最終的に元の流れへ直して貰うことを言うんです」


「はあ……えっと、僕に出来る事なんでしょうか?」


「ええ、勿論です!先程の光を見た限り、サイカさんは抜群の適性を持ってますからね、天使内でも見たことないですよ!いやぁ有り難い限りですよ~、まさかこのタイミングで完全適性の方が来てくれるとは!大いなる母の思し召しですね、サイカさんありがとうございます!」


「え?えっと、はい、どういたしまして…?」



 よく分からないままミハイルさんに感謝されて、輝くような笑顔の彼に戸惑いながら返事をし、言葉の意味を考える。

 先程ヒトセ達が驚いていたのは、あの光が完全適性とやらを表すものだからだったんだろうか?天使内でもいない、と言う言葉からしてもそうなんだろうと思うけども。


 完全適性だとどうなるのか、その辺りの話も詳しく聞きたいのだが、ミハイルさんはまた別の話に移ってしまった。今度は大いなる母についての話だ。

 なんでも、黒世を含む数多の世界の一番外側にいて、その内なるもの達全てを生み出したお母さんらしい。凄い。ただその存在を知覚する事は出来ないらしい。ちょっとスケール感がわからないが、凄い。


 興味深い話なのでふむふむと聞いていたが、ミハイルさんがユカリさんから2度目の肘鉄を食らって、話は中断された。



「これだから68班の天使は……ヒトセ、アンタはこの仕事に詳しかったっけ?」


「まあ、おれ一桁班やさかい、それなりの知識はな」


「続きの説明頼んだ」


「ほいほい。ほなサイカ、説明の続きや。世界の中に入ったら“黒世閲覧”で黒い本を開いて、その世界の本来辿る道筋を確認。そんで、脱線してるとこが極僅かなら“黒世改変”で白い本に書き込む。ただし大幅にズレとったら世界そんものに負担かけるさかい、“権限確認”でやれる事探して自分が出来うる手助けしながら元の流れに戻していくんや。どうしても全て完全に元の流れとはいかんけど、まあ終わり良ければ全て良しやからその辺は気楽にな」


「ふむ……ヒトセが先程、青い本を暇な時にでも読んでおいた方が良いと言っていたのは、確認の時間を減らす為ですか?どの頁にどの権能が載ってるか、すぐに開けるように?」


「んー、ちゅーか、権能を確認せんでも使えるように、やな。その本はあくまでてんしに出来る事が確認できるだけで、べつに一々確認せんでも権能は使えるねん。ただ今のサイカやと、確認せんかったら自分が何を出来るかも分からへんやろ?」


「あっ、確かにそうですね」


「ま、行使できる権能をぜーんぶ覚えてるてんしなんか殆どおらんし、焦る必要はないで。何個かよう使うやつを覚えとったらええねん、あっはっは」


「ぐふっ……全権能を完璧に網羅してるヒトセさんが言いますか、それ……」



 肘鉄の苦しみから抜け出したらしいミハイルさんが、よろめきながらヒトセの言葉に食い付いた。本人(本天使?)は飄々とした様子で「せやかて殆どは使わんモンばっかやでー」と返しているが。

 いや、だけど普通に凄い。こんなの覚えるのにどれだけ時間がかかるか分からない。


 それに先程一桁班とも言ってたし、もしかして大先輩なんじゃなかろうか。色々と詳しく聞いてみたい。


 ……けどまあ、今すぐ聞く事でもないかな。ユカリさんが二人の横で指をパキパキ鳴らしているし。うん、次の機会だ。



「あー、コホン。そんで、世界の中への入り方やけど、さっきの本吸収した事で世界へのパス繋いでる区画に入れんねん、あとで案内するわ。出る時は、ほら、さっき局に入る前にでっかい扉あったやろ?あれが開くイメージを頭ん中でしながら待ってたら目の前に光が出てくるさけ、それに飛び込んだら門の前に帰って来れるで」


「ああ、あの大きい……行きは、門からは行けないんですか?」


「おん。一方通行やねんあの扉。不便やろ?」


「慣れたらあれはあれで便利なんですけどね……コホン。で!それでですねサイカさん、早速で大変申し訳ないんですが、後で向かって欲しい世界があるんです。座標-0.29の63領域黒世12番、内世界名はセルウィーナ、本来持ち回り業務として178班に委託する予定だった世界なんですが、完全適性は自動的に最優先適任者になるので……お願い、できますか?」



 ヒトセから流れるような説明を受けたあと、恐る恐るといった様子で伺ってくるミハイルさんに、捨てられそうな小犬の幻覚を見た。

 かなり切羽詰まっていたのだろうか、さっきから出てくる完全適性だと何が出来るのか、また手助けとはどうしていくのか、それらの説明がないままなんだが、不安そうで今にも泣き出しそうな表情をされるとノーとは言いづらい。


 僕は思わず苦笑して、もう少し詳しい説明を聞こうと……セルウィーナと言う世界についてもちゃんと聞かなければと、その旨を口にした。


 途端、先程腕の中を光らせたような目映い光に全身が包まれる。


 今度はなんだろう?と自らの体と三人の顔を見比べるが、三人も何が起こっているのか分からない様子で固まっている。その表情から、これが普段から起こり得る事ではないのだとすぐに悟った。


 そして、どうすれば良いのか分からず動けなくなった僕に、ハッとしたヒトセが手を伸ばしてくるのと同時に─────

 奇妙な浮遊感と共に、視界が白く塗り潰された。






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