欠片1
とくり、とくり。
柔らかな心音が聞こえる。
音につられて目を開ければ、すぐそこに命があった。
いや、命である筈のものと言った方が良いのか。自分には、それが命であると断定出来なかった。
それほどまでに、目の前の存在は曖昧に過ぎる。
だけど自分は、それが何なのかをよく知っていた。
「───だい───なたは───ない──」
声がはっきり聞こえない。何を言っているのか、聞き取れない。
でも、包み込むように優しい声だった。
いや、その表情も。
その瞳も、愛し子を見つめるそれであった。
どのような顔をしているのかも分からないのに、それだけは何故かよくわかった。
血の如く赤い、命の奔流の如く赤い。
赤々しい煌めきを放つその眼が、緩やかに弧を描く。
きっと瞳であったのだろう。よもやあれは幻ではあるまい。
見ようとするほどぼやける黒と白の輪郭の中、二つの光だけはよく見えた。
「───っと───らたな───なる」
ふと、目の前の存在から赤色の光が消えた。
ああ、瞳を閉じてしまったのだ、と思った。
とても美しいのに、見ていたいのに。
寂寥感に苛まれる。自らの前にある存在が、どうしようもないほどに今も昔も自分の全てであるのに。
何故、自分を見る事をやめてしまうのか。
悲しい、悲しい、悲しい。
ああ、だめだ、遠ざかる。自分の目まで閉じてしまう。
体の端から世界に融けていく。いや、自分に体などあっただろうか。
わからない、知っているのにわからない。
怖い、嫌だ、怖い。
瞼を閉じても、目の前の何かの気配はあった。だのに、恐ろしいと伝える術がない。
そうだ、自分は声すら持っていない。
「────サイカ────」
耳馴れぬその言葉を最後に、何かの存在も掻き消えた。
いや違う、消えたのは自分だ。
とうとう融けたのだ。世界に。この剥き出しの意識だけを残して。
ああ、だが──次第に、この意識すら───。
願わくば、そう、願わくば。
思ったのだ。強く。強く。
どうか、また愛して欲しいと。
長編小説初投稿!です!
至らない点など多々ある作品かと思いますが、楽しんで頂けたら幸いです。宜しくお願いします!