攻撃許可
─10:45 山口県沖合5km地点─
思ったよりも北民国の作戦遂行は遅れていた。我々のヘリが海域に到着した時には未だ海岸で準備をしているようであった。ただ防衛出動とはいえ、理由もなしに国旗を揚げていない船を撃つのは少々抵抗がある。相手も早々に撃つ気は無いらしく、それよりも遅れた作戦遂行を何とか巻き返そうと必死な様子が観測装置を介して伝わってくる。
その頃、補給処は阿鼻叫喚となっていた。初の実戦、各駐屯地に送る弾薬が不足しているのだ。その事から防衛省は弾薬製造メーカーにフル稼働を要請、それでも足りなければ緊急で予算を下ろしてもらい、米国から買い上げるという前代未聞の大胆な指示まで下りた。
不審船の監視を続けていると中野隊長から通信が入る。
中野「目標の動きはどうか?」
小林「依然として船内活動中」
中野「万が一撃たれた場合はヘルファイアによる目標への攻撃を許可する。」
小林「了解。」
心の中では分かっていた。どうせ撃ってくる。自衛隊初の敵船舶の攻撃が今日であり、自衛隊が初めて人を殺める事を・・・
「pppppp・・・」
小林「っ・・・!ミサイル警報!スティンガーだ、避けろ!!」
齋藤「了解、回避する。構えろ!」
瞬間的に機体が跳ね上がり、凄まじいGが掛かる。プロトタイプ機は量産機より運動性能は劣るものの、齋藤の操縦のお陰でその差は完全にではないが埋まりつつあった。回避起動を幾らかしていると、僚機が見当たらない事に気がつく。ただ、自衛隊の迷彩は日本の地に合った迷彩なので被発見性が低い。見えていないだけだろうとインカムに声を吹き込む。
小林「ガガッ・・・omega2、大丈夫か?」
その後、幾ら呼び出しても応答がない。
まさか・・・恐る恐る全方位を見渡す。そして、最悪の予感が的中してしまった。避ける時間もなく撃墜され、脱出した形跡もなく、機体とその脇には人であったであろう肉塊が憎悪を込めた炎でこちらを見ている。
小林「omega1より指揮本部、omega2が工作船から放たれたスティンガーにより撃墜された。搭乗員は死亡。攻撃許可を。」
中野「・・・分かった。攻撃を許可する。防衛出動だ、兵装に制限はなし。」
小林「了解、攻撃する。」
齋藤「とうとう、か。」
不思議と恨み、悲しみ、恐怖よりも先に熱い何かが胸の中で沸き上がる。自分自身、目の前で起きた悲劇を飲み込めていないようである故に、撃つことにも躊躇いの無い今がチャンスかと思われた。兵装からヘルファイアを選択し、後は発射のボタンを押すだけになった時、不思議と押す指が震えていた。この震えは何なのかと斟酌する暇もない。「撃つ」今は自衛官としての職務を遂行するだけだ。
小林「発射!」
放たれたヘルファイアは一切の迷いも持たずに工作船へと飛び込む。命中。工作船はは瞬く間に火の塊となる。齋藤と小林は工作船の甲板でもがき苦しみながら燃える工作員の姿をずっと見つめ続け、数分間工作船は海面を赤く染めあげた後に沈んで行った。同時に複数の工作船も緊急展開した普通科の中距離多目的誘導弾により撃沈される。日本海側には既にBMD任務に就くこんごう型護衛艦とBMD対処中の隙をつかれまいと随伴する護衛艦、沿岸哨戒にミサイル艇が展開することにより制海権を確固たるものとしつつあった。
この日を境に自衛隊の実弾による攻撃は増加する。
─02:15福岡空港 第5高射隊 PAC-3陣地─
展開が完了してから数日が経つも、未だ緊張した空気が張り詰める陣地にて、小野曹長(第一班長兼発射担当)がぼやきながらガムを口の中へ放り込む。
小野「・・・俺達PAC部隊が暇なのは良いことなんだろうけど、辛いよな・・・自衛隊としては初の戦死者。ただ、防衛出動だ。奴らのミサイルは街に落とさせん。必ず高高度で撃破する。」
班員「数日前までは自衛隊は違憲だ廃止しろと抜かしてた連中まで防衛出動賛成派に混ざってデモを起こす。結局俺達が居なきゃ自分の命も守れないクセに・・・クソッ」
小野「抜かしてくれるな。いいか、例えどんなに我々自衛隊が嫌いな奴だろうと、例えどんなに話す言語や思想や国籍が違おうと、この国にいる人は必ず守り抜く。違うか?青臭く聞こえるだろうがそれが自衛隊だ。それが俺達の存在意義だ。それが俺達の信条だ。」
通信士官「っ!全部隊へ!北民国よりミサイル発射を確認、BMD対処要領によりイージス艦が迎撃する。各部隊は第一種戦闘態勢かかれ!」
小野「配置付け!忘れるな、俺達が最後の砦だ!必ず食い止めるぞ!」
国民保護サイレンとともにレーダー、PAC-3発射機がミサイル迎撃体勢に入る。
班員「班長へ、各部迎撃戦闘配置よし!」
通信士官「北民国の放ったミサイル四発、内三発迎撃成功するも一発こちらに向かう!」
指揮官「小野!いつでも撃てるようにしておけ」
小野「各部配置確認よし!指示さえあれば撃てます!」
レーダー員「間もなく大気圏再突入、発射用意。」
小野「発射用意」
小野曹長が発射スイッチのカバーを外し、スイッチに指をかける。
レーダー員「射程圏内!」
指揮官「発射。」
小野「発射!!」
叫び声と共にPAC-3が周囲の空気を爆破させるような勢いで突き抜けてゆく。そういえば国内で実弾を撃つのは初なのかもしれない。小野は人知れず興奮を覚えたが、あまり覚えていても得することではないと記憶から消し去った。
レーダー員「インターセプト10秒前スタンバイ」
指揮官「第二射用意」
小野「第二射用意」
レーダー員「5、4、3、2、1・・・マークインターセプト」(命中)
指揮官「第二射用意解除」
小野「第二射用意解除了解」
空の彼方で爆発音が響く。が、爆発の範囲はさほど大きいものではなかったので核ではなかったようだ。迎撃成功、その結果を見るや否や安心感からか、その場にいた者に疲労が津波のように襲い掛かる。気が付けば深夜の実働であった。
小野「もうこんなのは勘弁だな。」
班員「えぇ。もう疲れましたよ・・・」
数分後に当直が交代され、彼らは束の間の休息を手に入れることになる。
─翌日 芦屋基地─
omega1が帰投、整備員が駆け寄り完全にカットオフされる。小林は隊長達の待つ基地司令室へ。齋藤は機体から降りると、すぐさまomega2の機付長の元へ足を進める。
機付長「齋藤二尉」
齋藤「・・・我々が発見できなかったこと、そして避ける事が出来なかったのが撃墜された原因だ。整備に問題は無い。完璧な整備でも俺達がそれを無下にした・・・すまない。」
機付長「ならば、あのお二人が脱出しなかったのは何故ですか」
齋藤「脱出する間もなかった。後はわかるな?」
機付長「───っ!」
齋藤は機付長の肩を叩きながらその場を去る。機付長は自衛官としての職務を全うした。それでも報われる事もなく、帰ってきたのは過去の影だけだ。
いつの時代も自衛官は報われる事はない。悲惨な現実。向かう所は常に不幸が折り重なる場所であり、そこに希望の欠片を見出し不幸になった人の支えになる。だが、我々の支えは一体何なのだろうか。機付長の背中は陽に照らされるも、暗い影を落としていた。
─芦屋基地 基地司令室─
小林「・・・以上が今回の偵察、及び攻撃の全てとなります。恐らく次に来る際、向こうは全勢力を持ってくるでしょう。そうなれば半潜水艇が不安です。」
中野「うーん。半潜水艇に関しては防ぎようがないんだよなぁ。だってアイツ夜間なんかに来られたら見えないですし・・・」
基地司令「熱源とかで探すことは出来ないんですか?」
小林「最近の半潜水艇は赤外線で捕捉できないように加工がなされていますので、探知は困難かと思います。」
基地司令「まぁ、この辺の話は上が検討するように具申しておきます。そして、我々空自の実戦部隊も出番が近いと思われます。この機に乗じて中亜国が攻めて来ても困まりますからね。ただ、那覇基地司令の話だとかなりスクランブルが増えているようで大変だとか。」
中野「空自さんも先日のミサイル迎撃に感謝しますよ。」
基地司令「海自さんが減らしてくれたから助かったようなものです。複数となると対処が難しくなりますからね。」
中野「そうですね・・・あっ、小林は下がってよし。」
小林「それでは失礼致します。」
敬礼をしつつ退室するとスマホを取り出す。スマホのホーム画面には隊の創設時に撮影した全隊員の集合写真が写っている。特にomega2のコンビは部隊でも有数のコンビネーションを誇り、その為に我々と共にアラート待機についていた。
暫くの間はアラート待機が回ってこないのでプロトタイプである私の乗る機体も格納庫の中に戻って来る。前席コックピットのキャノピーを開いて、いつものように座る。すると格納庫奥から齋藤がこちらへ向かって来て、キャノピーを開いて後席に座る。
齋藤「なぁ、」
小林「何だ?」
齋藤「俺達のやっている事は、自衛の為の戦闘だよな?」
小林「そうだが・・・どうした?」
齋藤「ならば、相手は何の為にこの国を攻めて来るんだ?冷静に見れば勝てる見込みはほぼ皆無に等しいだろ。ましてや米軍もいるんだ。下手に刺激をすれば爆撃されるリスクさえあるのに・・・」
小林「俺達には分からねぇな。向こうの人間には向こうなりの考えがあるんだろ。そうとしか言えん。ただ、一つ明白だとすれば、来る敵を追い払うのが俺達ってなだけだがな。理由なんて追い求めていたら頭痛くなるわ。」
齋藤「それもそうだな。あ、ついでだから練習しとくか?」
小林「そうだな・・・あいつらの二の舞は許されないし、この機体の機付長にまで同じ思いはさせたくない。」
次回loop and high 「刺客」