アクチュアル
月日も経ったとある日、いつも通り飛行訓練を終えて事務室に戻ると全員が中野隊長に呼び出される。
中野「突然なんだが当部隊は九州に向い、防衛技研のデータ採取ついでに西普連との合同訓練を行うことになった。ついては明後日から開催される芦屋基地航空祭にも参加するように言われている。基地祭にプロトタイプ機を参加させたいと思っているが齋藤と小林、行ってきてくれるか?訓練は後日から合流してくれればいい。」
小林「了解しました。」
芦屋というと救難隊、T-4の飛行教育隊、PAC-3とPAC-2の混成部隊がいたはずだ。そのPAC-3部隊もとい航空自衛隊 西武航空方面隊 第二高射群 第五高射隊には私の高校時代の友人がいる。小野というのだが、彼は自衛官候補生から入ったはずだ、そして高校時代から付き合った彼女と結婚していると聞いている。羨ましいことこの上ない。
基地祭でA/OH-1Sは地上展示のみになるならしい。ならばその空いた時間帯にでも会いに行ってやろうかと、かなり個人的な予定を立てている。前回を超える長距離移動になるので早めから機体の点検をしておく必要があると感じ、齋藤に声を掛けて早めにエプロンへと足を進める。どうやら齋藤は基地祭なので展示飛行があると思って楽しみにしていたらしい。無いと分かった時から機嫌が少し斜めになっていたが、フリスクを奢ったらどういう訳か少し機嫌が直った。
エンジンスタートの手順を手早く済ませ、私は計器類の確認に入る。
小林「オールグリーン」
齋藤「クリア」
管制官からの離陸許可を得て、A/OH-1S隊は芦屋へのフライトを開始した。
途中は浜松基地、小松島基地に寄り入念な点検を行った。小松島を離陸してからいくら経っただろうか、九州が眼下に映ってきた。九州に来ることが滅多になかったので半ば観光気分ではあるが、やらなければならない仕事が山積みとなって立ちはだかる。出来ればヘルファイアかTOWでぶっ飛ばしてやりたいが、それも適わないのが仕事というものだと心で諦めをつけた。
小松島基地離陸前に隊長から全機芦屋で出し入れをする旨を聞いていた。陸自の駐屯地でも良かったのだが、航空機の扱いにはより一層入念な芦屋の方が万が一の事があっても何とかなるという結論に至ったらしい。なお、格納庫はT-4教育隊の格納庫の端っこのスペースを間借りすることとしている。全機がファイナルアプローチに入り着陸、すぐさま空自の整備員が機体に駆け寄りカットオフ作業を行う。数日間は芦屋基地の官舎と隊舎を間借りする事となった為、お隣さんに挨拶に向かった。表札には「小野」とかかれている。まさか・・・
小林「ごめんください〜」
小野「はい〜!今出まーす!」
(ガチャ)
小林「あっ」
小野「あっ」
小林「よぉ」
小野「何でここにおるんや?!お前、陸自のはずやろ?」
小林「まぁ、これには事情があってな。実は (以下省略)」
小野「ほーん。そっか西普連とね・・・」
小林「あっ、後、俺の乗る機体が明日の基地祭でPAC-3の横に展示することになったからそこんとこヨロシク。」
小野「これはたまげたなぁ・・・」
久し振りであったためか玄関前でどのくらいの時間話し込んだだろうか、時は既に夕刻を過ぎていた。あまりにも長話し過ぎると迷惑になりかねないのである程度のところでLINEへの会話へ切り替えるも、午後九時には終わらせてしまった。何故なら明日から基地祭で死にかけるだろうという予測がついているからだ。
同刻─北部朝鮮民主主義共和国─
某建造物内の地下作戦室、ここに弾道弾発射担当将校、特殊部隊作戦指揮将校、総参謀長、人民武力部長、最高司令官である国家元首の「金 明秀」が集い、とある作戦が決行されようとされていた。「日本国内における撹乱作戦」である。日本海側の新潟、航空自衛隊小松基地を襲撃し弾道ミサイルを撃つ事で混乱を引き起こし、その混乱に乗じて首都を狙うという何ともベタな作戦である。だが、逆にそれが有効だと考えられている。各作戦将校らや各部隊指揮官はこの日の為に幾度とない訓練を繰り返し、慣熟させているためか各々が自信を持って金の「最後の言葉」を聞いている。誰もが失敗を恐れていなかったが、失敗すれば国ごと消滅する事は火を見るよりも明らかである。
そして、北部朝鮮民主主義共和国の名誉とプライドを懸けた戦争へのカウントダウンが始まった。
翌日─芦屋基地─
基地祭は天気に恵まれ来場者も時間を重ねる程に増えていく、開催者側としては嬉しい悲鳴といったところだろうか。正午頃には基地のエプロンは観客に埋め尽くされ、その空を救難団や教育隊の機体が駆け回る。地上展示の我々の機体もとい、プロトタイプという事もありその日の航空祭ではPAC-3の実働展示と共に人気を博した。基地祭も終わり、後片付けをしていると西普連との合同訓練初日を終えた我々以外の部隊が芦屋に帰投した。私も明日からは西普連との合同訓練に合流するので、概ねの内容と予定を隊長から教えてもらったが、かなりハードなものとなるらしく、同僚の顔に若干の疲労が伺えた。
─在日米軍司令部 横田基地─
本土からとある一枚の衛星写真が送られてきた。
「これは?」
「北民国の地下トンネルを擁する基地が騒がしいです。移動式ICBMを撃つのでは?」
「嫌な予感しかしねぇな・・・ 情報流すか」
在日米軍より情報を得た日本政府は北民国より先制し、防衛省を通じて各BMD部隊に破壊措置命令を発令。すぐに芦屋のPAC部隊にも福岡空港敷地内にて展開することが命令された。
─21:30芦屋基地─
小林「こんな夜遅くに何だよ・・・」
中野「そうカッカするな。また撃たれそうなんだと。」
齋藤「何度目ですかねコレ・・・アイツらもPAC部隊の身にもなれって言いたいですねぇ。まぁ、相手の国の金の事は知りませんが。」
福岡県警の警察車両に先導され芦屋基地からPAC部隊が出動し、二時間後までに展開、配備が完了した。一夜にして日本はICBMの脅威に再び晒されることとになり、不審船の騒ぎが収まる前ということも重なった結果、各地でデマや小規模なパニックが発生。自体収束に向かうどころか状態は日に日に悪化、地方自治体が悲鳴を上げ始める始末となっていた。政府は警察庁や国土交通省に連絡を取り、なるべく混乱を避けるよう指示を行うが後手後手の対応故に手遅れになっていった。海上自衛隊舞鶴、呉、佐世保、横須賀の各基地からイージス艦を始めとする護衛艦隊が緊急出航、展開を始めるが移動式発射台から撃たれてしまえば到底間に合わない。
ミサイルの話題で暫く駄弁っていると中野隊長が芦屋基地司令に呼び出されてしまう。嫌な予感でしかないが、数時間前から気持ち悪いくらい重い空気が小林達の言葉を遮るように漂う。
三十分よりかかっただろうか、中野隊長が基地司令室より戻ってくるも顔は強ばっていた。
中野「22:40、海保のPS型巡視船が突如として現れた北民国の不審船から放たれた対戦車誘導弾により撃沈、周辺海域にも複数の不審船が確認されたようだ。撃沈された巡視船の死者四名、他重軽傷者多数と情報が入った。海保の阻止も虚しく本土に乗り込んでくるだろう・・・出番あるぞ。機体の電源は入れとけ・・・」
齋藤「・・・なぁ、」
小林「分かっている。何も言うな。」
専守防衛を貫く国として先制攻撃が許されないのは当たり前だ。ただ、海上保安官の戦死者四名という対価はあまりにも重く、言葉に出来ない感情が胃のあたりから湧き上がる。
内閣は直ぐに対応を検討し始めた。海保の敗北は自衛隊を動かす理由に十分だったのだ。中にはSSTを出動させるという現実的なプランも提案されたが、SSTに対して敵の数が多すぎた為に却下された。 海自のSBUは予備を残しハワイで米海軍SEALsと合同訓練中なので間に合わない。それに出した所で、もうどうにかなる状況ではない。未だ宣戦布告もなしに防衛出動は如何なものかと言う疑問も出されたが、後手後手の対応の対応で痛い目に遭ってきた前例を根拠に話し合いが進められだした。治安維持出動にするか、それとも防衛出動にするか。取る方を誤れば、次に死ぬのは国民である事は明白であった。最終的に内閣は防衛出動の方向で国会を招集する事に決定。緊急で開かれた国会では自衛隊の防衛出動に関する審議が執り行われたが、反対する者は僅かばかりの議員のみとなり、前例のない早さで正式な防衛出動が可決された。
海保の死者のニュースは全国を駆け回り、衝撃を与えた。翌日より自衛隊防衛出動賛同派と反対派の衝突が全国規模で発生し、各都道府県警の機動隊が鎮圧に向かう事件まで起こる。
北民国の工作員はその間にも進軍し、日本海側の沿岸までに辿り着いた。
─翌 芦屋基地─
電源を入れた状態で待機させてあったA/OH-1はアラート待機状態になり、防衛大臣及び上の指示さえあれば今すぐにでも飛び立てる準備を整えつつあった。至急芦屋基地に我が部隊用の武器弾薬の予備が運び込まれ、いよいよ開戦の狼煙が上がる刹那、基地に臨時で用意された待機室で待機していた我々に部隊としては初のスクランブル(緊急発進命令)が下令、五分待機に付いていた齋藤、小林、他2名の隊員がエプロンで待機している機体に駆け寄り、現代で最も悲しみの多い戦いの幕開けとなる。
次回 loop and high 「攻撃許可」