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loop and high  作者: 戦域管制官
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円を描く翼

─藍馬原駐屯地─

 「・・・という事なんだが。小林二尉、美更津に行ってくれるか?」

「了解しました。行って参ります。」


 私が異動になったのは中堅の為だろう。それも新型機のみで編成される部隊に。

 

 この度、自衛隊に攻撃型偵察ヘリ(A/OH-1S 通称 オメガ)が導入され、初の実戦部隊が編成された。「第一飛行偵察小隊」である。隊員数は約10名と聞かされたいたが、何故こんなにも少ないかは、言葉に出さずとも自衛隊の事情からすれば頷ける処がある。ただ、機体の性能を聞く限りではかなりの高性能機であることも窺えたためか、美更津に異動する事に対しての心の抵抗はかなり少なかった。

 

─美更津基地─

 私は正式な配属が後日である事を聞かされていたが、機体を見たかったのもあって引越しを早めに済ませておいた。駐屯地内の官舎。部屋のベランダからエプロン(駐機場)がよく見えるので、どこかにいないかと見回す。すると、どこからか軽快な空気を叩く音が聞こえ出す。私は音の聞こえる方、エプロンの更に向こう側の空をまるで子供のように身を乗り出して注視し始めた。生憎の空模様の影響か、音が近づいているのに見える様子が一向に無い。だが、ここは我慢して待ってみることにした。次の瞬間私はアパッチやコブラと見間違えるようなシルエットの機体を見る。

 「まさか・・・あれか?」

 にわかにも信じがたいが、"アレ"が新型偵察ヘリであろう。

 「A/OH-1S」

 思わず口から漏れた機種名、次に乗る機体はあんなにもイケメンだとは思わなかった。ウェポンシステムと観測機器のマニュアルは傷がつくほど読み潰してはいたが、新型のウェポンシステムと観測機器の項目に夢中になりすぎて、機体のページを読んでいなかった。

 乗っていたパイロットはどうやら自衛隊の人間ではなく、重工のテストパイロットであり新規納入機であることもよく分かる。私は気分が高鳴っていることから、一瞬でどうやらあの機体に一目惚れしたようだ。気になったのはスペックだったが、後日直接乗ることも出来るし今は部屋の片付けに専念することにした。それにしても部隊への挨拶くらいは済ませておこうかなと早速隊舎へと向かう。

 「第一飛行偵察小隊」と書かれた後付け感が否めないプレハブの建物に着いた。右手には生まれ故郷茨城の地元酒と高級納豆が入った紙袋。それにスーツ姿と営業回りをしているサラリーマンと間違われるような、かなり無難な格好ではある。だが、挨拶くらいならこのくらいが妥当だろう。扉を開けるとかなり手狭な事務室でお世辞抜きにしても「居心地良い」とは到底思えない。事務室の奥、一人煙草を吸う「いかにも私が隊長である」感がひしひしと伝わってくる人がいる。私は気持ちを再度入れ替えてその人物の元へと足を進める。すると、その人物は慌てるように煙草を携帯灰皿に捩じ込んだ。それもそのはず。「公共施設は禁煙」のはずである。構わず進める足を速め、私はその人の元へ着くや姿勢を正す。

 小林「明日よりこちらに配属される小林和也二等陸尉です。宜しくお願い致します。」

 と室内敬礼をする。

 中野「あ、ああ。君が小林君ね、先程は失敬失敬。私が隊長の中野だ。よろしく。」

 この人が第一飛行偵察小隊隊長の中野洋司一等陸佐ある。私は彼の戦競における功績をいくつか知っていたが直接会うのは初めてだった。が、感動もそこそこに忘れないうちに手土産を渡す。

 小林「こちら、故郷茨城の地酒と納豆を持参いたしました。」と紙袋を差し出すと、中野隊長は思いの外気に入ったのか上機嫌になった。

 中野「取り敢えず正式な配属は明日だろう?今日はもう帰って休みなさい。明日から早速訓練に入ってもらう。とは言っても君なら直ぐにあの機体にも慣れるだろう。」

 かなり見込んでくれていたらしい。

 小林「失礼致します」

 扉を閉めて官舎へ歩き出す。実を言うと、私はパイロットの腕が良かったから戦競ヘリ偵察部門で毎回上位成績を残していただけだった。別に私の技能が長けている訳では無い。その他色々考えながら官舎へ帰る時、顔が思いの外険しかったのか部屋につく頃には表情筋が悲鳴を上げていた。

 部屋に着くと使い終わったダンボールを荷造りテープでまとめ、家具を部屋の形に合うように揃えていく。気が付くと既に午後の十時を回っていた。あらかた片付いた所で満足し、部屋の適当な場所に布団を敷いて休む事にした。明日から忙しくなる事は明白だったからだ。

 

 国旗掲揚と同時に自衛隊の朝は始まる。八時頃、初めてフルメンバーで集合。隊員どうしの交流が始まる。だが、その時間も飛行前までの僅かな時間で行われる為手短に挨拶を済ます隊員ばかりだ。

 すると中野隊長が「全員注目!」と声を張り上げた。隊員が注目する中、事務室前のホワイトボードにバディが発表される。私はどうやら「齋藤」というパイロットと組むようだ・・・が見当らない。 その時表から帰ってきた隊員がいた。それが齋藤だ。彼は確か、基地祭で通常のヘリでは不可能とされる機動を技量でカバーし、隊内の人間のド肝を抜いたと聞いている。

(その後無茶な飛行が整備士にバレて半殺しにされたとも聞いているが・・・)

 齋藤「よろしくねぇ」

 一言目を聞いた時、素直に驚いた。技量を持つ人間は大体、荒くれ者か変態と相場が決まっていたからだ。こんなにも物腰柔らかそうな人物であるとは思わなかった・・・不覚。

 小林「よろしく、これから上手くやってこう」

 この後十分くらいは話が弾んだだろうか、ブリーフィングに入る前が長すぎて同僚にどやされてしまった。

 ブリーフィング(飛行前打ち合わせ)では今回の飛行訓練は慣熟を重視する引こうであることを確認。飛行しながら計器や機動を確認、飛行経路は美更津から藍馬原経由で航空自衛隊新潟分屯基地、燃料補給後日本海側へ。そこにおいてウェポンシステム、観測機器のテストを兼ねたパトロールを行う。かなり長めのフライトとなる。

 A/OH-1Sは従来のOH-1より高速化し、偵察に加え攻撃を観点に置いた機体設計がなされている。私の乗る機体はプロトタイプ機であり、コックピット自体の装甲化により12.7mmクラスの弾なら耐えることが出来る。加えてダクテッド方式と呼ばれるテールローターの機内埋め込み、二重となった油圧系統に機首下部に20mmガトリング砲、これは量産型ではコックピット後部のハードポイントにガンポッドという形で移設されてしまった。他には自衛用の空対空ミサイル二基(計四発)、二連ヘルファイアランチャーが左右に一基ずつ装備され、攻撃型偵察ヘリとしては最高峰の機体となっていた。追加装備の重量の影響からか航続距離が二割減少してしまっているが、全てが画期的と言えよう。これだけ豪華な機体を攻撃・観測・偵察に使っていいものなのかと思うが、自衛隊がそれだけ生存性に敏感になりつつある様子が窺えた。

 機体の始動操作が行われる。

 齋藤「エンジンスタート」

 エンジンが始動され暫くすると電源車からの供給は絶たれ、自機のエンジンのエネルギーと電源装置によりコックピットや観測機器に光が点る。暗視装置、赤外線センサー、可視光線カラーテレビ、レーザー距離測定装置等のデータが液晶多機能ディスプレイを介しHUDに投影される。

 小林「オールグリーン。」

 私は手短に確認を終えると後席の齋藤にそう伝えつつ右手を挙げた。するとすぐさま齋藤から返答が帰ってくる。

 齋藤「Take off。では、行きますか〜」

 

 「This is omega01 request take off.」

 

 管制「omega01 clear for take off wind 26-4」

 

 齋藤「ちょいと飛ばしますよ。数分予定より遅れてるんで。」

 どうやらカッ飛ばす気の様だ。しかも同意を得る前から既に高機動をやらかしている。どうやら私に拒否権はないようだ。通常のヘリではこのような機動は即墜落に繋がるが、いとも容易くやってのける。齋藤の腕なのか機体の性能が長けているのかそれは分からないがとにかく凄いのは良く分かる。

 今回のパトロール区域である日本海は近頃、「国籍不明の小型船舶が行き来している」と海上保安庁より連絡が来ていた。だいたい日本海側に不審船舶を出してくるのは北部朝鮮民主主義共和国(北民国)という国で、2000年代初頭に海上保安庁との衝突も起きていた。その事もあって今回の不審船舶の連絡が来て以来防衛省、海上保安庁、内閣は日に日に緊張が増していたのだ。そこで、新型の偵察ヘリの慣熟を兼ねたパトロール行うことにより、ヘリの有効性と監視能力強化に繋がるということらしい。本音はP-3Cや海保のキングエアの連中に任せりゃいいような気もするが上に上手く丸め込められた。

 藍馬原、新潟分屯基地を経由し日本海に出た。外は冬の新潟ともあって悲しげな風の声がしている。早速齋藤はヘリの機動を確かめる為にループとロールを数回繰り返し、私は機動中にウェポンシステム、観測機器を起動し、異常が出てこないかを確認した。眼下には越前がにでも釣っているのだろうか、漁船が網を下ろして漁をしている。この日は全ての項目をクリアし監視区域に不審船舶もいなかったことから、午後五時には美更津へ帰投することが出来た。

 フライト後は機付長に申し送りを行い、報告書をまとめあげた。

 「お疲れさんです〜」

 齋藤や同僚に一方的に言い放ち、自室に帰って睡眠をとることにした。それからというもの偵察訓練、攻撃訓練をを毎日のように繰り返し熟練度は向上していった。気が付けば部隊でも屈指のコンビに成り上がり、いよいよ本格的な実働任務に就く。

 

 次回 Loop and high 「芦屋基地航空祭」

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