「ザ・村長」(後編)
満月だった。
今頃、オックスやベン・フランクリン達は、村中の食い物と酒を掻き集めて、酒宴でも催している頃だろう。
オズボーンはオックス達と行動を共にしているが、時に孤独であることを好む性格をしていた。だが、欲が無いわけでは無い。彼はとりわけ若い女が好きだった。
あの女の教師は清楚だが気が強そうで自分好みの女だった。オックスが目をつけているようだが、後で酒を飲んで機嫌が良いところを狙って交渉してみるつもりだ。
女教師の姿を思い出すだけで身体が熱くなった。あの服を引き破いて嫌がるところを無理やり抱き寄せて唇を奪い舌を捻じ込んで……。
ゴトン。
何か音がした。
オズボーンがいるのは村の墓地だった。壮大な野に墓石が列を連ねている。
彼は広大な墓地を見回し音の正体を探ろうとしたが止めた。
気のせいだろう。
オズボーンは腰のホルスターに銃を戻した。
もう少しここで孤独に浸っていよう。オックスに酔いが回るころ再び奴のところへ出向いて女の交渉を……。
不意に背後に気配を感じた。
だが振り返る前に何者かに後ろから首を絞められた。逞しい腕だが、妙に冷たい。
オズボーンは抜け出そうともがいたが、相手はがっちりと首を絞めて放さない。
相手の腕に力がどんどん加わってゆくのをオズボーンは感じ取った。
こいつは俺を窒息死させるつもりではない。首の骨を折ろうとしている。
しかも直にそうなるだろう。オズボーンは焦り、必死に手足をバタつかせたが無力な抵抗だった。
首の骨が軋みを上げる。
オズボーンは口から泡を噴出した。そしてゴキッと音を立ててその首が圧し折れ、地面に投げ出された彼は二度と起き上がらなかった。
二
廊下が軋むのをリリィは聴いた。他の村人達もそうだった。
その音はゆっくりゆっくりこちらを目指して進んで来る。
「誰か来たか?」
見張りの二人の賊にも音は聴こえていたようだ。
「やれやれようやく交代だな。早いところ食事にあずかりたいところだぜ」
二人の見張りの内の一人、こいつはマックスと呼ばれていた。そいつが扉を開けて廊下に出た。
「だ、誰だお前は!?」
マックスという盗賊が声を上げた途端に廊下の足音が慌ただしくなる。そしてマックスの身体が宙に浮き上がったまま教室へ入って来た。
薄暗くて分からないが、見上げるほどの巨漢が賊の首を締め上げ掲げている。
「テメェ、誰だ!?」
もう一人の賊、こいつはリッチーと呼ばれていた。そのリッチーと呼ばれた盗賊が腰のホルスターから銃を引き抜いた時、謎の侵入者はマックスの身体を投げつけた。
リッチーはその下敷きになった。
リリィ達、村人は呆気に取られて成り行きを見守っているしかなかった。正義の味方かそれとも賊の仲間割れなのか判断がつかなかったからだ。
「くっ、この野郎」
リッチーという賊が起き上がろうとしたとき、その顔面を強烈な足が踏み拉いた。
その頭の骨が拉げる嫌な音に誰もが目を瞑った。
「みんな、大丈夫か?」
不意に聴き覚えのある声がそう言った。
リリィは信じられず顔を上げた。
村人達もだった。
忘れるはずも無かった声だ。
「そ、村長!?」
ミスター・トンプソンが声を上げる。
巨体は頷いた。
信じられない出来事だった。そのことを最初に告げたのはミス・ベイカーだった。
「で、でも、村長、アンタは死んだんじゃ……」
すると相手は再び頷き言った。
「うむ。皆がワシを呼ぶ声を聴いての。戻って来たんだ」
何がどうなのか、村人達には混乱が広がった。だが、村長は沈静させて言った。
「皆には不便だが、もう少しここにいておくれ。ワシがならず者どもを退治するまでな」
そう言って村長は出て行った。
リリィは急いで後を追った。
「村長さん!」
暗い廊下に差し込む月明かりが巨体をほぼ鮮明に照らし出す。振り返った優しげな顔は紛れもなくリリィが知っている村長だった。
「リリィ、お前も皆とここにいなさい」
だが、リリィは駆け出し村長に飛び付いた。そしてその身体に顔を押し込んで泣いた。
村長は優しくその頭を撫でた。以前と違って驚くほど手も身体も冷たくなっていたが、そんなことはどうでも良かった。大事なのはそこに村長が存在することだけだった。
「アタシも行く!」
リリィは相手を見上げて言った。
「父さんも母さんも、みんな、あいつらに殺された! 仇を討ちたいの!」
リリィは涙を振り払いそう訴えたが、村長は困ったような顔をし言った。
「リリィ、残念だがお前では仇は討てないだろう。一流の武人は己の力量をわきまえるものだ」
よく村長に聞かされていた言葉だった。リリィは二の句が継げずにいた。自分は少女だ。相手は大人の男。勝てるはずがない。
「だが、リリィ、隠れてワシの後をついておいで。ワシが盗賊共を倒すのを遠くで見てると良い」
その言葉にリリィは顔を輝かせて頷いた。
三
村長が歩んでゆく。その少し離れた後ろを言いつけ通りリリィは隠れながら後について行った。手には木製の槍を握っている。
「誰だテメェは!?」
賊の声が木霊した。
「ワシか。ワシはこの村の村長だ」
「マックスとリッチーはどうした、あいつらがお前達を見張っていたはずじゃ」
「死んだよ。このようにな」
村長は敵目掛けて猛然と駆け出した。
そして賊に体当たりをくらわす。
「ゲッ!?」
と、声を上げて賊は二度と立ち上がらなかった。
「さあて、リリィ、行こうかの」
村長はこちらを振り返って微笑んだ。
「そいつ死んだの?」
リリィが尋ねると村長は頷いた。
「ああ、死んでいる。天国には行けんだろうがな」
村長は朗らかに笑いながら歩み始め、リリィもその後に続いた。
四
盗賊の首領、オックスは民家の一つに腰を落ち着け酒を飲み肉を喰らっていた。
いるのは、オックスと、ベン・フランクリン、サクレッド、ドフォン、ガスだった。スノウは学校の見張りについているどっちかと交代する為出て行かせた。
今日はこれまでの放浪の旅の疲れを養い、明日、本格的に村を制圧する。そこで村人に上下関係を分からせるのだ。
何度もそうやって彼らは生きて来た。村々を襲い、根城として、食い潰せば捨て、新たな根城を求める。保安官だろうが州警察だろうが恐れるに足りなかった。オックス達は逆に彼らを撃退していた。
「それにしてもアーノルドのことは残念だったな」
ガスが言った。
「奴はようやく運に見放されたんだろうよ」
サクレッドがさほど気にする様子も見せず、瓶酒を呷りながら応じた。
「次に死ぬのは誰だか、賭けねぇかい?」
ドフォンが続いた。
「それは良い話だな」
不意に違う声が響いた。
だが彼らが身構える前に窓ガラスを割って巨大な影が入り込んできた。
「あがっ!?」
現れたのは見たことの無い巨漢だった。逞しい腕をドフォンの口の上顎と下顎に突っ込んでいた。
「あがががっ、うがああああっ!」
断末魔の声と共にドフォンの身体が口から真っ二つに裂けた。臓物が降り注ぎ、血飛沫が辺りを染めた。
「何だテメェは!?」
サクレッドが殴りかかるが、巨漢はその顔面を殴りつけた。
骨が砕ける音が聴こえ、サクレッドは眼球を飛び出させ、血を撒き散らしながら床に転がった。
オックスは酔いが一気に覚めた。ドフォンとサクレッドの無残な死体を一瞥するや銃を抜いた。
「撃ち殺せ!」
そう言うや銃を抜き引き金に手を掛けた。ベン・フランクリンが、ガスが後に続いて銃を連射する。
巨漢は身体中に穴が開いたが何食わぬ顔で言った。
「無駄だ」
「そいつはどうかな!」
ベン・フランクリンの銃弾が巨漢の額を貫いた。
「ハハハッ、見たか!」
ガスが笑い声を上げると、よろめいて倒れそうになった巨漢が姿勢を戻した。
「そのまま言葉を返すぞ。見たか!」
オックスは愕然とした。額を撃ち抜かれて生きている人間なんかいない。
「撃て撃て撃ち殺せ!」
三人の盗賊はあらん限りの銃弾を撃ち込んだ。ついに弾薬が尽きてカチリカチリと銃の撃鉄が虚しく鳴り響いた。
全身に刻まれた弾丸の痕からその数だけ微かな硝煙が立ち上る。だが、巨漢は目をパチクりさせ、動いた。
手刀が呆気に取られていたベン・フランクリンの頭蓋をかち割ると、たまらず悲鳴を上げてガスが逃げ出した。
自分も逃げるべきだったが、オックスは足が動かなかった。
「お前が首領のようだな」
巨漢が全身から血を流しながら歩んでくる。
オックスはようやく意識が戻ったかのように背を向け逃げ出そうとした。
「逃がさん!」
背中と腹に衝撃を覚えた。
見ると土気色の腕が自分の身体を貫いていた。血が吹き出し激痛が走った。
そのまま持ち上げられオックスは床に叩きつけられた。
彼は初めて命乞いを口に出していた。
「た……助けてくれ」
冷然と巨漢が見下ろす。額に空いた穴からは血が一筋、流れ出ていた。
「村の衆を殺したお前を何故助けねばならんのだ?」
盗賊の頭目は絶望した。
風を切り足が突き出される。オックスが見たのはその残像だった。彼の顔は強烈な蹴りを受けて胴から切り離され、壁に穴を開けて外へと転がっていったのだった。
五
村人達が墓地に集っている。
今、クレタと数人の男達が墓穴を掘っていた。
「すまんな、どうにも重たかったから棺桶をブチ破って出てしまったわ」
村長が軽快にそう笑った。村人達も笑った。
すると村長がリリィを見て言った。
「リリィよ、ワシの家の暖炉の下には秘密の隠し場所があるのだ。そこにある物をお前に授けよう」
リリィがそれに応じようとした時だった。
葬儀屋のミスター・フリックが男達と木製の棺桶を持って現れた。
「村長、できましたよ。新しい棺です」
「うむ、すまぬな」
村長は再び軽快に笑った。
やがて墓穴も堀り終わり、村長は改めて村人達を見回した。
「どうやら準備は整った様だ。今度こそお別れだの」
すると村人達からすすり泣く声が聴こえた。村長は幾度も頷き村人達を見渡した。
「村のことをよろしく頼んだぞ。ワシは天から見守っておるからの」
村長は片足を棺桶に入れて、続いてもう片方も入れる。
そして最後にニッコリと微笑んでその中に横たわった。
「村長?」
村人達が恐る恐る棺を覗くと、そこには安らかに永遠の眠についた村長の姿があったのだった。
六
全ての葬儀が終わった後、リリィは村長の家を訪れた。
そして暖炉の前に敷かれた長い絨毯を剥す。
そこには同じく横に長い木の蓋がしてあった。
彼女は収納式の取っ手を掴んで持ち上げる。
するとそこには見事な槍が収められていたのだった。
だが、そこにあったのは槍だけでは無かった。丁寧に丸められた紙切れがあった。
彼女は紙切れを開いて覗き込んだ。
「リリィへ。十六歳の誕生日おめでとう」
そう記されていた。
リリィはどうするか悩んだ。彼女はまだ十四歳だったからだ。考えた末、槍には触れず手紙を戻し、もう一度蓋をし、絨毯を被せた。
あと二年経ったらもう一度受け取りに来よう。そしてその時こそ、武者修行の旅に出るのだ。
リリィはそう決意し、村長の家を去ったのだった。




