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ザ・村長  作者: Lance
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「ザ・村長」(前編)

 レクトニア村は山間の静かな場所にあった。

 だが、特別寂れた村というわけでも無かった。現代の世に疲弊し、自然の癒しを求めてこの村に移り住む人が多かった。村人も偏見の目を持たず、移住者に対し積極的に愛を持って受け入れた。

 なのでレクトニア村は年々賑やかになっていった。

 だが、そんな村には今日、悲しみの空気が漂っていた。

 人気の無い民家の並ぶ道を行き、学校を過ぎ、丘を登ると、教会が見える。丘と教会の間は広大で幾つもの墓石が並んでいた。レクトニアの村人達全てが新たに建てられた墓石の前に集い、ある者は泣き腫らし、ある者は無念そうにその墓石を見やっていたのだった。

 リリィは男勝りの女の子だったが、この日ばかりは涙を流さずにはいられなかった。

 教会のアズベル牧師が御霊を慰める言葉を読み終える。リリィはたまらず墓石に抱き付いて泣いていた。

 死んだのは村長だった。

 温和だが時に勇猛で時に面白おかしい、全ての村民を愛し、子供の教育に力を入れていた。偉大な男であり、最高の村長だった。

 しかし、そんな素晴らしい村長を神は称賛せず、代わりに病魔に蝕まれる身体へと変貌させた。

 リリィは神を恨んだ。

「神様の馬鹿やろう! 何で村長さんにこんな酷い仕打ちをするんだよ!」

 墓石に縋り声を上げるリリィを両親も村民もアズベル牧師も咎めはしなかった。神に対する怒りと失望、誰もが内心リリィと同じ気持ちだったからだ。

 だが、それでも一通り泣き腫らすと父がリリィに手を伸ばして墓石からゆっくりと引き戻して自分の胸の中に娘を埋めた。

 リリィはその日遅くまで泣いた。結局泣き疲れて眠るまで泣いたのだった。



 二



 一夜明けたが、村長を失った衝撃から村はまだ立ち直れていなかった。日常が始まり、人々は各々の使命を背負って一昨日までの日常通りの行動をする。

 リリィは村の学校に居た。

 若くて綺麗なミズ・エヴァンスの授業を他の子供達と同様に二日ぶりに受ける。

 だが、子供達は誰もが上の空で授業を聴いていなかった。

 見兼ねたミズ・エヴァンスが言った。

「はい、皆さん、今日の授業は外で自由に過ごす事にしましょう!」

 男の子達は普段は狂喜するはずだが、昨日のことを引き摺ってか快活な様子は見られなかった。

 それでも子供達は外へと出て行く。

 リリィは男の子達に混ざり、木剣を取り出した。

 男の子達もいつも通り宝物の自前の木剣を手にし、左右に分かれて並んだ。

 誰もが昨日のショックからまだ覚めぬとはいえ、いつも通り、リリィから一本取れる子供は誰もいなかった。

 それはそうだ。と、リリィは思った。

 リリィの剣術は村長直伝だからだ。ただ振り回す剣術とは違う。だが、個人的には槍の方がリリィは得意だし、村長もそちらの方が素質があると頷いていた。しかし、長い槍を持ち出すと男の子達は文句を言うのだった。

「ただ長いだけじゃないの。アンタ達がこの槍を跳ね退けてアタシの胸元に飛び込んで来れば簡単に一本とれるけど」

 そう言われ、勇躍した男の子達だったが、誰もリリィの槍を受けきれず地に伏す結果となった。

 長いのは卑怯だ。

 男の子達がそう囃し立てると、リリィは溜息を吐いて槍を封印し彼らに合わせて木剣を握ったのだった。

 そのことを聞くと村長は笑いながらリリィの頭を撫でてくれた。

「もう槍でこの村にリリィに勝てるのは誰もいなくなったな。きっと大人でも勝てないさ。なに、自分より強い奴に会いたい? よしよし武者修行に行きたいんだな。もう二つ誕生日を迎えたらワシがお前の両親を説得しよう」

 だが、その村長ももう居ない。

 不意に木剣が弾かれ、目の前の木製の切っ先が向けられた。

「よし、リリィから一本取った! 不敗神話を崩したぞ!」

 相手の男の子クレタが言い、男の子達が歓声を上げたが、リリィは再び悲しみに暮れて引き下がったのだった。



 三



 この不幸な村に神は更に災厄の種を送り込んだ。

 その日、悪魔の乗った騎馬の群れが蹄を轟かせて、この村を訪れようとは誰も知る由も無かった。

 善良なミスター・ヘンリードは、今日に限って村の入り口を掃き清めていた。これまでは村長がやっていたことだが、この役目の後を引き継ぐのは是非とも自分でありたい。まだわだかまりとなっている悲しみを強引に熱い魂で捻じ伏せ、熱心に村の入り口を箒で掃いていた。自分が積極的に動けば次第に村人達も意気を取り戻すだろう。率先して取り組んだことが、実は悲劇の幕開けとなった。

 ヘンリードが音に気付き、それが馬蹄だと分かった時、遠くに土煙を巻き上げながら疾駆してくる幾つもの影を見付けた。

 州警察だろうか。だが、それにしても人数が多いような気がする。ヘンリードは妙な胸騒ぎを覚えたが、判断のしようも無かった。彼がもっと早く迫ってくる正体に気付いていればと後悔したとき、それらは目の前に並んでいた。

 腰に短銃を提げ、肩に長い銃を担いでいる。

 不敵な笑みを浮かべて騎乗の主達はヘンリードに向き合った。

 相手は州警察では無かった。こいつらはならず者だ。ヘンリードはそう気付き、村の方を振り向き危機を知らせようとしたが、銃声が一発轟き、彼は二度と立ち上がることは無かった。

 銃口から煙の上る短銃を構えていた頭目のオックス・バンディエットは、九人の部下を振り返り、ゾッとする笑みを浮かべた。

「いつも通りだ。まずは適当に狩っちまえ。こっちが上だってことを教えてやるのさ」

 オックスが言うと九人の部下は異口同音、声を唱和させて応じた。

 今まさにレクトニア村に悪意が降りかかろうとしていた。

 


 四



 突然の銃声に気付いた者も多かったが、それが一発限りだったので、空耳だったのではと感じて誰もが作業に戻ろうとした。

 だが、突然、馬の嘶きと狂気に歪んだ不敵な笑いが響き渡り、騎馬の群れが村内に姿を見せたので、人々は呆気にとられた。

「若い女だけはなるべく残しておけよ。他はある程度なら殺して良い。奴隷も必要だからな」

 村人達はただ侵入者を前に呆然としているだけだった。

 弾丸の嵐が吹き荒れるまで、誰も行動が出来なかった。

 一人殺し、二人殺し、ようやく人々が目の前の異変に気付いた時には、そこは阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 執拗に追い回し邪悪な笑顔と共に背中から銃弾を浴びせる男達の前に老若男女は逃げ惑った。

 オックスと部下達はいつも通りそうやって狩りをするようにして幾つもの善良な命を奪っていった。

 不意に違う銃声が轟いた。

 呻き声を上げてオックスの手下、アーノルドが馬上から崩れ落ちた。

 村の男が一人、井戸の後ろで銃を構えていた。

 オックスはアーノルドが死んだことに何も感じなかったが、抵抗する相手を見て武者震いした。

「これ以上の暴虐を神は許さんぞ! これ以上仲間を失いたくなかったら大人しくここから去れ!」

 それは偶然教会から、気落ちした村人達を見舞いに訪れていたアズベル牧師だった。

 隣にはミスター・ウッドがいたが彼は死んでいた。混乱のさなか機微に動いたミスター・ウッドの持ち出した銃を牧師は手にしている。そして狙いを定めた。

「おうおう、えらい自信だな! アーノルドの仇を討ちたい奴はいるか?」

 オックスが部下を振り返ると、猟銃を手にしたベン・フランクリンが銃を構えた。

 ベン・フランクリンは狙撃の上手い男だった。

「よし、俺達がやられるまえにやっちまいな」

 オックスが言うと、ベンはニヤリと微笑む。

 そして銃が躍動した。

 それはアズベル牧師の額を貫いていた。倒れる牧師の姿を見て盗賊団は歓声を上げた。そして奇声を上げて狩りを再開したのだった。



 五



 子供達が少しでも元気を取り戻してくれればと、教師のミズ・エヴァンスは窓際に佇んで一人一人の様子を見守っていた。

 その時、大人の男の声が聴こえて来た。

「エヴァンス先生! 子供達を連れて逃げて下せぇ!」

 初老のミスター・ウェンプトンが駆けてくるのが見えた。学校は少しだけ小高い丘になっていた。その丘を上ってくるウェンプトンの左右にふと騎乗者のいる馬が現れた。

 そして銃声が一発轟き、ミスター・ウェンプトンは倒れたのだった。

 ミズ・エヴァンスは下卑濡れた笑い声が迫ってくるとともに村に訪れた異常を感じ取った。

「皆さん、お逃げなさい!」

 彼女はそう叫んだが、手遅れなのも悟っていた。それでも窓を乗り越え子供達に必死に逃げる様に呼び続けた。

 しかし、ならず者達によって子供達は既に押し込められていた。

「抵抗すればガキの誰かの頭を吹き飛ばす」

 髭面の男が馬上から短銃を子供達に向ける。

 ミズ・エヴァンスは両手を上げた。

「抵抗はしないわ。だから子供達を解放しなさい」

 彼女が言うとその髭面の男が言った。

「おお、よく見るとなかなかの美人じゃねぇか。俺の伽の相手をするならガキどもは助けてやろう」

「……ええ、良いわ。その代り子供達を」

 ミズ・エヴァンスの声を遮って鋭い声が上がった。

 ならず者達が悲鳴を上げ、一人が落馬した。

 自慢の木製の槍を手にしたリリィが勇敢にも賊に挑んでいた。

「俺達も!」

 クレタもそう叫び男の子達も木剣を手に盗賊に打ちかかった。

 だが、勝てるはずもない。無駄な抵抗であることをミズ・エヴァンスには分かっていた。

「駄目! 止めなさい!」

 その時、銃声が幾つも木霊した。

 ならず者達が空に発砲したのだ。その音に子供達は委縮した。だがリリィだけは槍を構えて更にもう一人を突き落とそうとしたところを蹴り飛ばされた。

「このガキ!」

 銃が向けられる。

「やめて!」

 ミズ・エヴァンスが叫ぶとならず者は銃の代わりに、立ち上がるリリィにもう一発蹴りをくれた。

「ああ、リリィ!」

 だが、リリィは立ち上がる。

「先生を傷つけたらアタシが許さない!」

 少女は頑として賊を睨み付ける。

「その先生を撃ち殺されたくなかったら大人しくしてろ、メスガキ」

 猟銃がミズ・エヴァンスに向けられ、リリィが槍を捨てた。



 六



 生き残った村人達は学校の一室に閉じ込められた。

 女達はすすり泣き、リリィはそこで自分の両親を失ったことを知ったのだった。リリィは悔しさに泣いた。泣きに泣いた。己の力の無さが許せなかった。このような結末を寄越した神を憎悪した。

 盗賊達のうち二人が同じ部屋に見張りとして残った。今頃、残る賊達は村中を略奪して回っているだろう。だが、若い女達が今宵の標的から外れて残されたことに村民は安堵していた。

 しかし、村の人々にとって今日の出来事はあまりにもショックが大きかった。

 これからどうなるのだろうか。

 こんな時に、村長がいてくれれば……。

 誰もがそう思い始めていた。

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