好きになるということ
風邪を引いてしまった。
「ゴホッゴホッ」
「大丈夫? 今日はゆっくりしてね」
南さんが枕元にポカリス○ットを用意してくれる。
「すみません、迷惑かけて」
「うんうん、これくらいお安い御用だよ」
ちょうど休日に風邪を引いたのは不幸中の幸いだ。
休日でたまたま予定のなかった彼女が、おでこに乗せたタオルの水を変えてくれる。
「こんな俺なんかのために」
弱っているせいか、少し自虐的な発言をしてしまう。
こんなこと言われて南さんも困るだろうに。
「ふふふ」
しかし彼女はそんな俺の醜い部分まで包み込むように、穏やかに笑う。
「自分のことを価値のない人間だと思う? もしそうなら、あなたは自分の価値を低く見積もっているんじゃないかな。きっと、一ノ瀬さんは引き算をしちゃってるんだよ」
「引き算?」
「うん、自分はこういうところがダメだから、他人より良くないところがあるから、価値がないんだって思ってるんだよ」
「……」
図星だ。
「でもね、人の価値って、本当は足し算なんだと思うな」
「足し算……ですか」
彼女は人差し指をあげて楽しそうに言う。
「うん、そう、足し算。考えてみて、あなたが病気になったとき、私はあなたのことがとても心配になる。とてもとても心配です。お母さんだって同じだよ。もし事故で重傷になればきっと死んでほしくないって思う。つまり、あなたには生きていることそれだけで価値があるんだと思う」
「ほうほう」
生きているだけで価値があるという発想は初めて聞いた。
「そこに私を助けてくれた、というプラスがあるんだと思う。そう考えたら、自分にも価値があると思えない?」
確かにそうかもしれない。
「……南さんは優しいんですね」
「あら、今頃気づいたの?」
そう言って彼女は楽しそうに笑う。
風邪で苦しいはずなのに、とても心地いい時間だった。
「それに、たまにケーキも買ってきてくれるし」
「そんなんでいいんですか」
「あら、私にとってはかなり上位にランクしてるわよ」
面白くて二人して笑う。
いつも通り過ごす、彼女との幸せな時間だった。
「あの……手を握ってもらえませんか」
どうしてこんなことを言ったのだろう。自分でもよく分からない。
風邪で体力が落ちて人肌恋しくなっていたのかもしれない。
セバスさんの言う「幸せ」についてずっと考えていたからかもしれない。
のりさんのおせっかいが少し俺を前向きにしてくれたからかもしれない。
茶音が俺の心を開いてくれたおかげかもしれない。
それとも……
「ふふ、早く元気になってね」
南さんが俺の手を握って、優しく微笑む。
ああ、そうか
彼女はどうしようもなく普通の女の子で
イケメンだったりお人よしだったり人の良い部分を見つけるのが得意で
ちょっとわがままなところがあって
でもそんなわがままなところも
(ああ、俺は彼女のことが好きなんだ)
ようやく、ようやく自分の気持ちに素直に向き合うことができた。
この思いが天に届くとき、奇跡が舞い降りる。
目が覚める。眠っていたようだ。
少し熱は下がったように思う。
体を起こし、リビングに向かうと、ソファでくつろいでいる彼女に声をかける。
「おかげ様で、少し熱が下がりました。ありがとうございました」
「あら、良かったわね」
彼女は何やら熱心に雑誌を読んでいる。
その横に、自分も腰を落とす。
「やっぱり風邪をひいたときは、水分摂って家で寝ているのが一番ですね」
俺の言葉を聞いて彼女が視線をあげる。
「うーん、どうなんだろうね。確かに、病院で長い時間待たされると悪化するかもしれな――!!!!????」
「そうなんですよ、家で温まって、ポカ〇スウェット飲んでいるのが一番ですよね」
「……!?」
「それに――」
先ほどから南さんから反応がない。
「ん?」
そちらに目をやれば、彼女はポカンとした顔をしている。
「どうしたんですか、そんな豆鉄砲食らったような顔をして」
俺としては場を和ませるつもりで言った言葉だった。
しかし
「え? 顔が?」
彼女の反応は予想外のものだった。
「なに? 顔がどうしたの?」
しかし彼女は、え、え、なに、顔が、と要領を得ないことばかりつぶやいて完全に放心状態だった。
どうしたんだろう。困った彼女を見て、俺はスキルを発動した。
いや、発動しようとした。
スキルは――発動できなかった。
(コメント)
次で最終話です。
ここまで長い間、お付き合いいただきありがとうございました。
小説を完走できたのも、ここまで読んでいただいた読者様のおかげです。ありがとうございます。
最終話を読んだ後にポイント評価してくださると、作者も嬉しいです。
結末については小説の、あらすじ、1章1話、1章2話、5章2話「整形」、7章最終話「自分の幸せ」を改めて読んでいただけると、伏線が分かりやすいと思います。




