エスコート
朝、南家のソファで自堕落に過ごす。
「……」
テレビの電源は入っているが、視線はどことなく宙をさまよっている。
「……」
茶音の言葉が今でも脳内にリピートされている。「だからおまえも、だれかをすきになっていい」という言葉が。
あの後、俺の中で何かが吹っ切れると、茶音もそれが分かったのか満足げな顔をしていた。
「もうだいじょうぶ」
そう言って、俺の返事を聞く前に出て行ってしまった。
いや、きっと茶音なら俺の返答も分かっていたに違いない。
それにしても茶音はすごいと思う。俺よりもよほどしっかりしてる。
そんなことを考えながらボーッとしていると、南さんが横に座り心配そうに声をかけてくれる。
「なんだか今日は元気がないね。どうかしたの? 話聞こうか?」
「いや、何て言えばいいんでしょう、こう、考えがまとまらなくて」
「考え? うーん、よく分からないけど……じゃあ、気分を変えにどこか出かけようよ」
「ええ、いいですね」
自分では何もする気が起きないので、今日は彼女と一緒に出掛けることにした。
たまにこうして二人でデートすることがある。
きっと彼女は俺のことが好きなのだろう。
ならば俺は彼女のことを好きになるべきなのだろうか。
(いや、そういう考え方はよくないな。茶音のことがあって、いろいろ考えすぎなのかもしれない)
まとまらない頭の中を整理すべく、支度を済ませる。
「じゃあ、先に行ってますね」
「はーい、後でね」
なぜか別々に家を出て待ち合わせる。一緒に家から行けばいいと進言したことがあったが、ムードや雰囲気などよく分からない理由で却下された。
女心は難しい。
南さんは集合場所に遅れてきた。俺が先に家を出たのだから当然かもしれない。
「ごめん、遅れてしまって」
「いえいえ、俺も今来たところですよ」
こういうときは彼女に申し訳ないという気持ちを軽減させるためにこの台詞を言うことがテンプレートとなっている。
二人で話し合った結果、映画を見ることになった。「君の〇は。」という映画だ。
二時間弱の映画だったが、ストーリー、サウンド、絵、いずれも素晴らしい映画だった。
「いやー感動しましたね」
「絵がすごくきれいだったね」
「紐が結びの――」
「――え? あの場面って三年前の話だったのか。分からなかったな」
「いやいや、確かに時系列が難しいですよね――」
「――ハッピーエンドでよかったね。二人とも幸せになるんだろうな」
「バッドエンドで終わらないか冷や冷やでしたね」
そんな余韻に浸っているとグーとお腹が鳴る。
「なんだかお腹がすいてきたね」
彼女が恥ずかしそうにお腹をさすりながら言う。
「そうですね、お昼ご飯にしましょうか」
「うん、いいね」
彼女はお昼ご飯をご所望らしい。
何を食べようかなあ。南さんに合わせればいいか。
「何か食べたいものありますか? 好きなお店があればそこにしましょうか」
「うーん、どこでもいいよ」
どこでもいいよ、ということで俺のおすすめを提案する。
「サイゼ〇アとかどうですか?」
「ええ? それは嫌かなあ」
彼女が不機嫌になる。
まずい。
冷や汗が背を流れる。
今は怒っているだけなので、スキルを発動させても反応しない。
「ん? さっきど――」
いや待て、待つんだ隼人。
俺は必死に前世の経験を思い出す。
そう、ここで「さっきどこでもいいって言ったじゃないか」と彼女を責めるのは間違いだ。女性の言葉は文面ではなく、内包された意味をも読み取らなければならないのだから。
咳ばらいをして言葉を選ぶ。
「んんっ。そうですね、ごめんね。じゃあ、イタリアンか中華でいうとどっちがいい?」
そうだった、女性に対してはこういうジャンルを絞っていくスタイルが最も良い。
そして大抵の場合、彼女の中で答えは既に決まっているのだ。
「うーん、そうだなあ、イタリアンがいいなあ。あ、パスタ食べたいなあ」
よしよし、乗り越えたぞ。
「うん、いいね。パスタにしよう」
偉いぞ、隼人。ここでサイゼ〇アでもパスタ食べられるじゃんという突っ込みを入れないお前は偉い子だ。
「あ、ここの喫茶店すごくおしゃれでいいんじゃない」
俺はすぐに目に入った喫茶店を指差す。
とてもおしゃれなお店だったので、正解だと思ったからだ。
「ええ? ここ? まあ別にいいけどさ」
彼女が再度不機嫌になる。
なぜだ。おかしい。
さっき彼女はパスタがいいといったじゃないか。そしてこの喫茶店のウィンドウにはパスタの食品サンプルがあるじゃないか。
俺は前世の記憶を引っ張り出してくる。
こういう場合は――そうか。
「ごめんごめん、五〇衛門とか、先ト入〇とか、そう言ったパスタ専門のお店がいいよね。探しに行こうか」
きっと彼女はお腹を空かせているか、又はこだわりのお店に行きたいのだろう。
「うーん、はや――一之瀬さんがそう言うなら探しに行ってもいいよ」
よしよし、彼女の機嫌がなおった。
頑張ったぞ隼人。お前はやればできる子だ。
「うーん、美味しい♪」
お目当てのパスタを食べると彼女の機嫌がなおった。
「とても美味しいですね。俺のやつ一口食べますか?」
「え、いいの? わーい、ありがとう」
よかった。喜んでもらえたようだ。
こういう彼女の一喜一憂する様子に合わせてハラハラするデートは、なんだか前世を思い出して懐かしい。
(どうして、わがままな部分を見せてくれることが嬉しいんだろう)
愉快な気持ちになる原因がはっきりと見えない。
「うーん、幸せ」
エビを口に入れながら彼女が恍惚とした表情を浮かべる。
(まあ、彼女が楽しそうにしてるし、今はそれだけでいいか)
少しずつでいい、前を向いていこう。
楽しい時間を過ごしながら、その決意が胸の中に落ち着いた。




