茶音の告白
仕事の合間、のりさんに事の次第を報告すると、彼はニヤニヤといたずらっ子のように笑う。
「ほらな、言った通りやろ」
得意げな顔で俺を見てくる。何だか悔しい。
「白ひげは手で取ってもらったん? それとも……唇で!?」
のりさんは手を口に当てて「まさか!」という表情で目を見開いている。
「いやいや、手ですよ、手で。親指でぬぐってもらったんです」
「なんや、その南さんも好きなんやったら、どさくさ紛れに「あ、ごめん、唇当たっちゃった」くらいせなあかんで」
のりさんの妄想が爆発している。南さんはそんな女性じゃないですよ。
「いやでもまだ分かんないですよ、彼女が俺のことを好きかどうかなんて」
「まだ信じへんの? いっちーも強情やな。まあええわ、とりあえず約束通り、誰かを好きになる決心はした? 何やったらその南さんと一緒にデートしいや。二人で不安なら僕もついていったろか」
のりさんがからかうように肘でつついてくる。
「うーん、どうなんでしょう。まだすぐに彼女を好きになるということはできませんね。ちょっと自分の気持ちに向き合ってみようと思います」
「おい、お前ら、仕事に集中しろ」
「「はい」」
主任検事に怒られたので仕事に戻る。
そんな「白ひげ事件」から数日が立ったある日、俺は茶音に呼び出された。
話したいことがあるという。
思い出の場所、佐藤塾の校舎で会うことにした。
「久しぶり。髪伸ばしたんだね」
「……」コクコク
久しぶりに会った茶音は、髪を肩のあたりまで伸ばしていて黒髪美人になってしまっていた。なんだか大人びて見え、弁護士バッジが意外と似合う。
「少し背も伸びたかな?」
「……?」
茶音が「そうかな?」というように首をかしげる。
そんな会話をしながら校舎に入っていく。
「ここでもいい? それとも二人だけで話す?」
「……」
茶音が使われていない空き教室に入っていくのでついていく。
「すき」
部屋に入ると同時に唐突に言われた言葉は、いつも通り茶音らしい言葉だった。
「すき? 何が? 俺の好きなものを聞いているの?」
茶音がフルフルと首を横に振る。
「わたし、おまえ、すき」
「……えーと、君が、俺のことを好きということかな?」
彼女はコクコクといつものように首を動かした。
この動作も懐かしいな。
「あはは、ありがとう。俺も君のことが好きだよ。友達としてね」
久しぶりの友人との再会に感傷に浸りながらそんな言葉を返す。
フルフルと今度は首を横に振る。
「すき、ひとりのおとことして」
俺を見上げ、まっすぐにこちらを見つめてくる。
……そうか。
うん。
どうやら彼女は俺のことが好きらしい。
すっ、と心の温度が下がるのが分かる。
「……うん、ありがとう。そう言ってくれるのは嬉しいよ。でも僕たちはかなり年が離れているし、親子みたいじゃないかい。それに僕が君にずっと勉強を教えていたからそう思い込んでいるだけで――」
「にげるな」
俺の言葉は茶音の強い言葉に遮られる。
「え? な、なに? 何のこ――」
「なにがこわい」
……やめろ
「なにがこわい」
再度彼女は問いかける。
理不尽な問いに自分でもよく分からない怒りを覚える。
「……別に怖がってなんかいない」
彼女の言葉をそらすように俺は自分の体を横に向ける。
「うそ」
一歩踏み込む、彼女のその言葉が、不快だった。
「こわがってる」
……お前に、お前に、俺の何が分かる。
生まれつき不細工として生きてきた俺の、何が分かるっていうんだ。
「お前に、お前に俺の気持ちなんか分からないよ」
「きいてやる」
……お前なんかに、俺の
「わたしはおまえのことがすき」
「つぎはおまえのばん」
「かかえているもの、みせて」
茶音の素朴な言葉が、胸に突き刺さる。
俺は――




