初心
ヤバい。
あれはヤバい。
それ以外にあの状況を表現できる言葉が見つからないまま一人、部屋でボーッとする。
「ヤバいなあ」
熱にうなされているように思考が鈍い。頬を触れば熱く、身体が火照っているのが分かる。
考えていることは一つだけだった。
「もう一回、隼人さんと一緒にケーキ食べたいなあ」
そうすればもう一度彼のほうから近づいてくれるのではないか、そんな淡い期待を抱きながらベッドの上であの場面を回想する。
思い出すだけで顔が熱くなる。肩が触れるだけで、自分の心臓は口から飛び出そうなほど高鳴っていた。心臓の音が彼に聞こえないか心配だった。
私にもまだこんな初心な面が残っているなんて知らなかった。
「何が正解だったんだろう」
あのクリームは何のためにつけられたものなんだろう。彼のメッセージを読み取れない。本当に気付いていなかったのだろうか。
いやいや、それにしてはクリームを食べるのではなく、塗るように口につけた彼の所作の意味が分からない。
「まさか……」
親指ではなく、唇と舌で拭う自分を想像する。
「だめ! だめだよ隼人さん!」
ボフボフとマット部分を叩きながら、ベッドの上でキャーキャーと転げ回る。
一通り転げまわると、ため息をつく。
「はあ」
私はこれだけドキドキしているのに、彼はなんともない様子だった。自分の一方通行にすぎない可能性が頭をよぎり、少し冷静になる。
「家事しなきゃ」
そう言って体を起こし、キッチンにたまった食器を洗い始める。
基本的に母が家事をしてくれるが、私の当番の時もある。ちなみに彼も手伝ってくれることもある。積極的に協力してくれるので、とてもありがたく、母の好感度も高い。
休日は私の作った料理を食べて二人で仲良く過ごすこともある。彼はいつも「美味しい」と言ってくれるので、何だか作っている私のほうも楽しくなる。
しかしこの二人の関係を言い表す言葉がない。
私は一歩踏み出すべきなのだろうか。
もっとも彼の態度からは壁を感じる。
やっと今日になって彼のほうから近づいてくれたのかなと思いきや、おあずけを食らってしまった。
だからといって私のほうからアタックすることは難しい。
女性はみな乙女なのだ。願わくば彼のほうから行動してほしい。
「あ、あのときのクリームみたい」
皿洗いの途中、泡だった洗剤を見ながらそんなことを思う。
……重症だな。




