のりさん
人と違うと、この国では生きにくい。
人と違うことを「個性」としてとらえるのではなく、「異常」としてとらえる国民性もあるのかもしれへん。
もちろん「和を以て貴しとなす」っていう価値観は僕も納得できるんやけど、ただ、自分の性格とか性質は変えられへんから、どうしても生きにくいなって思ってしまう。
「のりおは好きな人とかおんの?」
子供の頃から何度も問われた言葉に、ずっとうまく返すことができなかった。
「うーん、今は特におらへんな」
そう返すのがやっとで、なかなか自分をさらけ出すことができずに苦しかった。
ほんまはお前のことが好きやねんと冗談交じりに言えたらどれだけ楽やったかと思う。でも、僕は「異常」やから、胸にしまって隠しとかないとあかんねんな、と悩んでた。
よく学校で、女子同士で抱き合っている光景見たことあれへんかな。
「はあー疲れた」
僕も同じように好きな人にさりげなく抱き着こうかなあと思って、ソファに座っている彼に抱き着いたら、ぐいっと体を押されて拒否された。
「おい、男同士なのに抱き着いてくんなや、気持ち悪いな」
「わはは、お前らゲイかいな、キモいな」
「ちげーよ」
あ、やっぱりこういう認識やねんなって、ちょっと悲しくなったのは覚えている。
ゲイと馬鹿にされて死のうかなと考えるときもあった。
「僕は人とちょっと違うから、なんか生きにくいなと思って」
「うーん、よく分かんないですけど、自分の人生なんだし、自分の好きなように生きたらいいんじゃないですか」
そんなとき、いつも話をして悩みを晴らしてくれたのが、いっちーやった。
最初は職場の指導で雑談をしているときに話したのがきっかけやった。
「この前、封筒に入った諭吉さん2枚拾ってしもうたんやけど、これってどないしたらいいんやろ。もらってもええんかな」
「一応、刑法254条の遺失物横領罪っている犯罪になりますね。ま、もらっていてもいいと思いますよ」
「ええ? 犯罪なん? っていうかもらっていいんかいな。逮捕されたらどうすんの」
「犯罪にもいろいろありますからね。遺失物横領はその中でも特に「どうでもいい」犯罪ですので、2万円くらいなら警察は動きませんよ、断言できます」
「一之瀬君、詳しいな」
まるで警察組織の中を見てきたかのような言葉やった。同じメーカーで働いているはずなんやけどなあ。
それから彼と少し話すようになった。
「一之瀬君はさ、自分は価値のないやって感じることある? どうしようもなく駄目な人間やなって思うとき」
「ありますけど、自分が自分を受け入れなきゃ、誰が受け入れてくれるっていうんですか。今の自分を受容すること、それだけで50年くらいは生きていけますよ」
「50年あればもうおじいちゃんやん」
彼の言葉には独特の面白さがあった。まるで僕より何年も多く生きているみたいな。
「誰だっていつか死ぬんですから、死ぬこと以外は全部かすり傷ですよ。旅の恥は掻き捨てっていうじゃないですか。生まれ変わったら前世の記憶とはおさらばするんですし、長い人生いっぱい恥かいていきましょうよ」
「ははは、なんやそれ」
よく分からない理屈に少し心が楽になった。
「いつも相談に乗ってくれてありがとうございます。のりさんは心のオアシスですよ」
「せやろせやろ、いつでも電話してきーや」
いっちーは分かってないやろうな、いつも助けてもらったんは僕のほうなんやで。
同性愛であることに悩んでいた僕は、いっちーのおかげで無理にカミングアウトする必要はないんだと気づいた。
カミングアウトすれば、それだけ周りの価値観と「戦う」必要が出てきてしまう。
そうじゃなくて、自分が、自分だけはこの自分の「異常」を、それでもいいんだ、このままでいいんだと認めることで、こんなにも心が軽くなるのかと気づいた。
他人が理解してくれるのだろうか、ではなく、自分はこのままでいいんだと受容することが大切なんやなと知った。
「俺は不細工なんで人生諦めかけたときもありましたけど、開き直ってみれば意外と何とかなるもんですよ。人生って不思議ですね」
同時に、強く生きる彼が少し羨ましかった。
いっちーの場合、顔をさらけ出す以上は、不細工であることを隠すことができない。それでも立派に検事として生きる彼を、ほんまにすごいなと思う。
今の僕はけっこう幸せやと思う。憧れの……いや、好きな人と一緒に仕事ができるってのはいいことやね。
だからこそ、いっちーには誰かを好きになってほしい。不細工でも胸を張って歩けるんだ、幸せになれるんだって。
(僕の分までね)
少し苦しくなった胸を押さえて、以前、いっちーが悩んでいたときにした会話を思い出す。
よし、いっちょここはいっちーのために一肌脱いでやろか。
「いっちーこの後時間ある? 飲みに行こうや」
考えていたプランを実行すべく、僕は彼を酒場へと誘った。




