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present

 ある日、仕事の途中に女性がやってきた。

「あの、一之瀬さんはいらっしゃいますか」

「あなたはあの時の!」

 その人は窃盗の事件の被害者で、取り調べの時に何度か言葉を交わした女性だった。

 長い髪に先端だけふわふわしたパーマが似合う、ほんわか系の女性で、とても美人だったのを覚えている。今日も茶髪の長い髪にパーマをふわふわさせてやってきた。

「あの、その節は本当にお世話になりました」

 そう言って頭を下げてくる。

「いえいえ、事件が無事に解決して良かったですね」

 彼女の事件はただのひったくりだったので、正直あまり印象に残っていない。しかしわざわざお礼に来るということから、当事者としては人生に一度あるかないかの大事件だったことが窺い知れる。

「これ、つまらないものですけど、受け取ってください。お礼にと持ってきました」

 そう言って彼女は花束を差し出してくる。かなり大きい花束だ。

 花は紫色の薔薇で、とても綺麗だった。

「検事さんの机が少しは華やかになるかなと思って」

 俺は自分にあてがわれた机を見る。自分のパソコンと事務官のパソコンしか乗っていない机だ。

 ううむ……そんなにも検事の机は殺風景だろうか。

「な、プレゼント攻撃やて!?」

 なぜかのりさんの顔が驚愕に染まる。

「はい、一之瀬さんにはお世話になったので、お礼にと思って」

「しかもこの薔薇、エンゼルフェイスやん。結構お高いやつ! ぐぬぬぬぬ」

 のりさんが過剰反応する。俺は薔薇の品種はよく分からないが、なんだか悔しそうだ。


 しかしながら、こういう場合、検事は常に断らなければならない。彼女のプレゼントも例外ではなかった。

「すみません、検事は事件関係者からプレゼントを受け取れないんです。申し訳ありませんがお家で飾ってやってください」

 検事は公益のために働く者だから、ある特定の関係者のために動くことはあってはならないし、そう周りから受け取られる行動は一切許されない。


 ちなみに日本の裁判官と検事は清廉性では世界一と言われている。この国の裁判官と検事に賄賂は通用しない。

 極端な例ではあるが、出された一杯のお茶ですら飲まないという人が多い。

 銀行などから送られてくるカレンダーなどの品も全て返品するという強者もいる。

 以前、おばあちゃんがおはぎを作って持ってきてくれたことがあった。さすがの俺もあれを断るのは本当に心苦しかった。人のいいおばあちゃんの残念そうな顔は今でも忘れられない。


「ふふん、残念やったな」

 なぜかのりさんが得意げな顔で笑う。したり顔で彼女を見下すのりさんは明らかに性格の悪い男に見えた。

 彼女がきっ、とのりさんを睨む。

「じゃあ捨てるわ」

 そう言ってゴミ箱に花を突っ込もうとする彼女を、俺は押しとどめる。

「いやいやそれはもったいないですし、家で飾ってやってください」

「家に飾るスペースなんてないもの」

「だからって捨てるのは――」

 しばらく押し問答を繰り返す。

 のりさんが、じとっとした目で見ている。視線が俺を責めるかのようにまとわりつく。


 彼女は一歩も引こうとしない。仕方ないな、最終手段だ。

「じゃあ、買い取ります。いくらくらいですか」

 定価で買えば問題はないだろう。それを捨てるなんてとんでもない。

「いえいえ、お気持ちだけで」

 しかし彼女はニコニコと笑うだけで定価を教えてくれない。

「2000円あればいいかな。はい、これで」

「え?」

 のりさんが驚いた顔をしている。どうしたんだろう。

「分かりました、それじゃあ、失礼しますね。ありがとうございました」

「いえいえ、それでは」

 勝ち誇った顔をして彼女はゆるふわパーマを揺らしながら去って行った。

 部屋に残ったのりさんを見ると、微妙な顔をしている。

「……いっちー、あのな、エンゼルフェイスってな、結構高い花でな、たぶんこれだけ立派やと4000円以上はすると思うで」

「……」


 俺は無言で2000円、もとい4000円をゴミ箱へと突っ込んだ。

 ちくしょう。

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