一緒に
今日は心中事件の被疑者から話を聞いている。心中というと一家無理心中を思い浮かべるが、今回は恋人どうしによる自殺だ。
「それじゃあ、佐藤さん、あなたと恋人の詩織さんは、お互い愛し合っていたけど、借金で首が回らなくなって、心中を決心したということなんだね」
「はい。いつの間にか俺のクレジットカードの借金が増えてて、督促状が毎日のように届くようになって、日中深夜問わず大声で「金を帰せ」と玄関の前で怒鳴られる毎日でした。その時は自己破産なんて手段を知らなかったものですから、もうどうすればいいのか分からず……」
顔はうつむいているものの、言葉の流れによどみはない。
「それで、彼女と一緒に死のうとした、と」
「はい。俺がヒ素を用意して二人で飲もうとしたんです。……あの、俺のやったことって、どんな犯罪になるんですかね」
被疑者が恐る恐る問うてくる。
「もし本当にあなたがヒ素を用意して、それを彼女に飲ませたのでしたら、同意殺人、又は自殺幇助になりますね。」
自殺幇助と同意殺人の法定刑は、六月以上七年以下の懲役又は禁錮だから、それほど重い犯罪ではない。
この男のように無理心中をしようとした場合なら執行猶予がつくだろう。場合によっては不起訴もあり得るかもしれない。
「お、俺のせいで、俺のせいで詩織は――ううっ」
急に被疑者が泣き始めた。
「うんうん、残念でしたね」
口ではこう言うものの、本心では彼に対し同情など微塵も感じてやいやしない。
この後に彼に聞かなければいけないことがあるからだ。この質問の答え次第では彼の罪状は一気に重くなる。
「検事さん、俺、きちんと法廷で全てを話します。彼女のためにもこれからは真面目に生きたいと思います」
泣き止んで覚悟を決めたように顔を上げたところで、彼に聞いてみる。
「その前にもう少し話を聞かせてください。借金は500万円ほどでしたが、あなたの年収は400万円ほどありますよね。それだけあれば長い時間をかけるにしても借金を返せないほどではないと思うんですが」
「そのときは本当にサラ金からの督促で精神的にまいっていたので、そんなことを考える余裕はなかったのだと思います」
スラスラと言われたその言葉はまるで用意されたかのようだった。
自殺するという決断は、一大決心だったに違いない。たかだか500万円の借金で、しかも彼氏の借金で彼女が心中を決心するだろうか。
それに債権回収の手段もこの段階ではそれほど強くないはずだ。
雲行きが怪しくなってきた。
俺は追及を継続する。
「どうして彼女が先にヒ素を飲んだんですか。同時ではなく」
「え? えーと、彼女が「先に天国で待っているから」と言って、俺が「うん、俺も後を追うからね」と言った後に、彼女が一気にヒ素を飲んでしまったんです」
……体験したことはないけど、心中なら同時に死ぬんじゃないのか。
証拠がない以上、彼の言葉か本当かどうかは分からない。死人に口なしだな。
「その後、彼女が苦しむ様子を見て、死ぬのが怖くなったと」
「はい、そうなんです。詩織が苦しんでいるように自分も死んでいくのかと思うと怖くなってしまって……カミソリで手首を切ろうとはしたんですが……」
そう言って手首を見せてくる。手首には真新しい傷がついている。彼の言うように自分で切ろうとしたみたいだ。
ところで一般的に思われているよりも手首の出血で死ぬのは難しい。頸動脈のほうがよほど楽だ。
どうして自分の分のヒ素があったのに、カミソリで傷までつけているのだろうか。
自分も死のうと思っていたのだという彼の言葉には一応の理由があるが、検事の勘が違和感を告げていた。これはパフォーマンスかもしれないと。
「ところで……佐藤さん、君、詩織さん以外に付き合っていた女性っている?」
俺は話題を核心へと近づけていく。
「え? いえ、いえいえ、いませんよ。どうしたんですか急に」
被疑者が一瞬固まった後、慌てた様子で、目をそらし、指を動かす。まばたきの回数も増える。
この動作は――
「まあ、他の女性とも付き合っていたなんてばれると困るよね。困るよねえ。……そっかあ、えりちゃんっていうんだね」
スキルを発動させると「本命の彼女のえりについては触れないで取り調べを進める」と出た。「えり」ってのは恋人の名前だろう。
被疑者の顔は青ざめている。
「な、な、な、何の話でしょう」
動揺を隠せていない。
「僕たちは君の携帯電話も押収しているから、後でえりちゃんの連絡先も分かるよ。別に隠してもばれるだけだしさ、そうなったほうが君にとっても都合が悪いんじゃない。きちんと今しゃべっておこうよ」
「知りません、えりなんて女知りませんよ」
そう言って供述を拒む彼であったが、粘り強く説得したところ、ぽつぽつと話し始めた。
「……実は、詩織とは遊びのつもりだったんです。ただの知り合いだったんですけど、一緒に飲みに行ったところでいい感じになったから相手をしただけでした。ところが彼女は俺が言った愛しているって言葉を本気にして……。えりと付き合っていたことは隠していたので、それがばれてしまったとき、俺は別れようって言ったんです。それなのに、詩織は嫌だ嫌だと言って……急に「その女に会いに行く」って言いだして」
落ち込んだ様子で次々とぼろを出していく。
叩けば埃が出る。特に後ろめたいことがある人ならなおさらだ。
「それで、追いつめられた君は、「お前だけを愛している。証明してあげる、一緒に死のう」と言ったわけだ。自分は死ぬつもりなんかないのに」
うなだれるように頷く。
「すみませんでした」
この謝罪は誰に対するものなのか。
それにしても心中に同意する詩織さんの心境はよく分からない。彼女を追い詰める経緯があったのだろう。
「一緒に死のう以外にも、何か言ったんじゃないのか」
「何かってなんですか」
「お前のことは愛しているけど、俺と別れるか、ここで一緒に死ぬか、どちらか選んでくれ、と執拗に迫ったんじゃないか」
それを聞いて、うっ、とうめく。
図星か。最低な男だな。
「どうなんだい」
怖い顔をして迫る。ある意味もともと凄みのある顔ではあるが。
「い、言いました。もう死ぬしかない、それしか選択肢はないんだって……何度も」
そう言った後、彼はがばっと身を乗り出して言葉を続ける。
「で、でも、あいつは死ぬことには同意していましたよ。自分が死ぬのは分かっていたんです。だから俺は死ぬつもりがなかったとしても、同意殺人とか自殺幇助とかいうやつになるんですよね」
俺とのりさんがお互いの顔を見合わせる。
この被疑者は大きな勘違いをしている。
この場合、同意殺人、自殺幇助ではなく――
「あんな、この場合、君が後を追わないと分かっていれば、彼女は死ななかったんじゃない? 死ぬことに同意があったとしても、君と心中するつもりやったんやから、それは瑕疵ある意志に基づく同意やろ。つまり、同意なんかなかったと考えて、殺人罪になるんやで」
のりさんが俺に代わって真実を明らかにしてくれる。
「……!?」
彼は絶句している。顔面蒼白で言葉が出て来ないようだ。
「それじゃあ、もうちょっと詳しく話を聞こうか」
追い打ちをかけるように、俺は取調べを続けた。
おまけ
アンケート 「未亡人」という言葉の由来でもある、妻が夫に殉じなければならなかった時代についてどう思いますか?
一之瀬「残された奥さんには幸せに生きて欲しいです」
南愛「ええ……? さすがにそこまで夫を愛せないかなあ」
柏原様「夫が死んでからが大変なのよ……跡継ぎの問題や、遺産の相続……妻の務めを果たしますわ」
橋本薫「? 当然じゃないですか?」
茶音「きょうきをかんじる」




