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化かす

 ピンポーン、とここ405号室のインターホンが鳴る。

「誰だ?」

 ポリ公かもしれない。俺は慌てて部屋にある「ヤク」と「注射器」を持って、念のためトイレのドアを開けておく。

 この粉末だけでも数十万円もするのだが、見つかってムショにぶち込まれるよりはましだ。訪問者を確認した後すぐに捨てられるように準備する。


 俺がドアに近づいていくと声が聞こえる。

「たっくん! いるのは分かってるんだから! 出てきてよ!」

 ドアののぞき穴から見れば長い髪(・・・)の中世的な顔をした()が立っている。見たことのない女だ。

 ドンドンドンとドアを叩き、女は大声で喚き散らす。

「私はまだあなたと別れたと思ってないんだからね! きちんと話し合おうよ! たっくん!」

 彼女の大声がマンションに響き渡る。

 俺は正体不明の女の登場に焦っていた。この部屋で注目を集めるのはまずい。

「誰だよお前! 別れたも何もそもそも付き合ったこともねえだろ! そもそも初めましてだよ!」

 ドア越しにこちらも叫び返す。

「あやさんに全部聞いたんだから! あなた、この部屋であやさんと浮気してるんでしょ!」

 あや? 何だ、あやの知り合いかよ。あいつ、こんな変なやつと知り合いだったのか。後できちんと言っておかないとな。

 それに浮気も何もお前とは付き合ってないってば。

「ねえ、たっくん! たっくんってば!」

 ドンドンドンと彼女はドアを叩き続ける。

 ええい、いい加減にしやがれ。

 俺はドアを開けて、彼女を帰す方法を模索する。

「なあ、あんた、何しにこの部屋にきたんだよ。部屋間違えてねえか?」

「たっくん! やっと顔を見せてくれたんだね」

 きらきらとして目でこちらを見てくる。目の中にはハートマークが見えた。

 肉眼で彼女(・・)を見た時、少し違和感を覚えた。

 ……なんだ? 何か違和感がある。

「たっくん! 私はまだあなたのことが好きなの! お願い、きちんと話し合おうよ!」

 チェーン越しに女が叫んでくる。

「だから誰だよお前! 初対面で愛を語るんじゃねえよ!」

 意味不明な彼女の台詞に混乱する。

「ひ、ひどい、私はもう過去の女なのね。上書き保存されちゃったのね、ぐすっ」

 そう言って目元に手を当てて、女が涙を流す。

 上書き保存も何もお前のデータがもともと記録されてねえんだよ。

「いやだあ! たっくん! 私を捨てないで!」

 女が大声で泣き始める。

「ちっ……しつこいな」

 これ以上騒がれるとまずい。邪魔者を排除すべくドアのチェーンを外した、その瞬間

「はい、動かないでね」

 急に低い、いや、中性的な男の声で目の前の女、いや、男が俺の手をひねりあげる。

「なっ!?」

 驚いた俺はとっさに抵抗するも、その男はとんでもない力で強く腕をつかんでいるので、身動きが取れなかった。

「はいはーい、令状です」

 どこに隠れていたのか、廊下の奥から三人くらいの男が押し寄せてくる。

 しまった、女、いや男に気を取られていたせいで、自分の立場を一瞬忘れてしまった。

 この異常な空間のせいで、知らないやつがドアの前にいるにもかかわらずチェーンを外してしまったのだ。


 部屋に男たちが入っていく。

「はいはーい、誰も動かないでね、って誰もいないや」

 白手をはめたポリ公によってヤク、注射器、電子秤、透明のビニール袋が押収されていく。

「じゃあ、署までご同行願えますか」

 青ざめた顔の俺に男はそう告げた。






 取調室に連れてこられた俺は、想像を絶するほど不細工な男の前で押し黙っていた。

「君に覚せい剤を流していたのは誰なんだい?」

「……」

 しゃべれるわけがない。

 しゃべれば俺の人生が終わってしまう。

「だんまりかあ、そうだよね。流通元を教えたら困るもんね。困るよね。報復とかされたらね。うんうん、困るよねえ」

 困るよね、という点を強調してくる。

「……?」

 いったいこいつは何をしているんだ。

 俺が口を開くことはないというのに。

「うんうん、そうかあ。〇〇組の山口という男から流してもらったんだね。場所は名古屋の倉庫かあ」

「!?」

 ずっと黙秘しているにもかかわらず男に俺の思考を読みとられる。

 いったいどうなっているんだ!?

「それで、どうすれば会えるのかな? 受け渡しに君が来なかったら向こうも困るんじゃないかな。困るよねえ(・・・・・)

「……」

 検事がニヤリと顔を崩す。

「うんうん、そうかあ、次の日曜日にも会う約束をしていたんだね。覚せい剤の受け渡しの約束だね」

 ……ああ、終わった。俺の人生が。



 結局、その後も俺の思考が全て明らかにされ、これにより流通経路に関わった全ての人が逮捕されてしまったらしい。

 これだけの仲間を売ってしまった俺の罪は大きい。俺が刑務所から出た時、その日が俺の命日になるだろう。


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