司法修習
司法試験に合格した後は一年間の司法修習があって、全国各地で勉強に励む。
就活も開始しなければならないが、茶音は既に大手の弁護士事務所の内定が決まっていた。羨ましい……
その後、俺のほうも就活を頑張って弁護士の内定を取ることができた。まあ、本命は検事なんだけどな。
修習先は全国各地にあり、北は釧路、札幌、南は沖縄まである。
俺と茶音は二人とも広島になった。同じ希望で出したので必然と同じになる。
広島の裁判所に一年間ともに勉強する同期が集い、顔を合わせ、自己紹介をすることになった。
俺と茶音が立ち上がる。
自己紹介では一緒に広島弁で話そうと決めていたのだ。
「俺は予備試験経由じゃけえ」
「わたしもじゃけえ」
「茶音とわや勉強したじゃけえ」
「わやじゃけえ」
「修習の課題たいぎいのお」
「たいぎぎぎ」
茶音が壊れたラジオみたいに音を出す。
「それは広島弁の濫用じゃけえ」
現地人に突っ込まれる。
やはり本場の広島弁にはかなわない。
俺たちは福岡弁に切り替えていく。
「なんばしよっと?」
「すいとうっち、いいよっと」
「そげんことないけん」
「しょんなかろーもん」
「それは福岡弁たい」
次は福岡から広島に来た修習生に突っ込まれる。
「そろそろほんまに自己紹介せなあかんな」
「せやな」
「ほないくで」
「いくで」
「わいは一之瀬隼人や。よろしゅう頼むわ」
「わいはしらとりさおやさかい、よろしゅう」
「それは大阪弁やな」
今度は大阪から来た修習生に突っ込まれる。
「How do you do?」
「I’m fine.」
「それは英語ですね」
アメリカから日本に帰って来た帰国子女に突っ込まれる。
そんな感じで各地の人々が集まって修習が始まる。
「一之瀬さんは生活費借りているんですよね」
飲み会で同期(だが年齢は年下)の修習生が話しかけてくる。
「ああ、お金は借りているよ。さすがに貯金では心もとないからね」
俺の前世の時とは違って、修習生に給料が支給されないので、国からお金を借りるしかない。
最初知った時は国会の予算カットの波がここまで来たのかと悲しくなった。事業仕分けなる予算カットがあったらしい。
「茶音さんは仕送りですか?」
「うむ、おやからおかねもらってるんじゃけえ」
「羨ましいですね。あと無理して広島弁しゃべらなくていいよ」
茶音の親はお金を持っているので、そのまま仕送りで何とかなるらしい。……羨ましくなんかないんだからね!
「それにしても19歳で司法試験に合格するなんて、本当に素晴らしい。どうだい、裁判官にならないかい」
同席していた教官の判事がそう言いながら、20歳になったばかりの茶音にお酒を注ぎつつお誘いをしてくる。……というと何か事案を想像するが、別に彼にいかがわしい気持ちはない。
判事は気軽に言っているが、基本的に優秀な人にしか声を掛けないので、茶音はそれだけ裁判官に買われていることが分かる。
俺? 一度も声をかけられたことはないですけど?
「たぶんむり」
「お、おう」
端的に断る彼女の言葉に、裁判官がちょっと傷ついた顔をする。
「すみません、この子しゃべるのが苦手で、たぶん判決文を最後まで読み上げることができないと思います」
なぜか俺が保護者みたいに彼女のフォローをする。
「そ、そうなんだね。でも予備試験の口述は合格できたんでしょ。それなら大丈夫だよ」
ニッコリ笑って勧誘を続ける。どうしても茶音が欲しいらしい。
「ああ、それは……」
俺が口ごもっていると、茶音がズイッと頭を差し出してくる。俺が撫でると彼女が笑う。
「えへへ」
「まあ、何と言いますか、飴と鞭ですかね」
「これではなせるようになる。わたしにとってまやくとおなじ」
茶音が物騒な解説をする。
「一之瀬さん……ロリコンだったんですね」
「違います」
同期の修習生が犯罪者を見る目で俺を一瞥する。冤罪だ。
そんなこんなで一年間みんな仲良く勉強をした。
一年後、最後の試験(二回試験という)も終わり、二人とも法曹になることができた。俺は検事で、茶音は大手の渉外事務所に就職した。英語なら結構話せるかららしい。




