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克服

 そうか、よく考えてみたら、簡単なことじゃないか。

「茶音、お前、もしかしてしゃべるのが苦手なのか」

「……」コクコク

 そうだった。茶音はほとんど長文をしゃべることができない。一般の人にとっては口述が最も簡単だが、彼女にとっては口述試験こそ最難関なのだ。


 ここまで来て引くことなどできない。前進あるのみだ。できる限りしゃべるための訓練をすればいいだけじゃないか。俺は彼女を励ますために、握りこぶしをして声をかける。

「よし、じゃあ、俺が口述で出てくる法律の問いをするから、茶音はしゃべる訓練をしよう。大丈夫、口述まで二週間以上あるし、まだまだ間に合うさ」

「……」

 しかし、茶音は腕を組んでなお難しい顔をしている。

「大丈夫だよ、俺が訓練に付き合ってあげるから、何とかなるよ」

 そう言って俺はとっておきの最終手段、スキルを発動させる。すると、「ご褒美で釣ってしゃべらせて、しゃべる訓練をする」と出た。

「茶音は何が欲しいんだい?」

 と問いかけると不思議そうな顔をする。しまった、少し唐突で言葉が足りなかったかな。

「どんなご褒美をもらえれば、茶音はしゃべる訓練をするんだい? それとも、しゃべらないとお昼ごはん抜きみたいな罰ゲームのほうがいいかい?」

 目線を合わせて優しく語り掛けているが、傍から見ればおっさんがか弱い女の子をイジメているように見えるかもしれない。

 今度はうーんと考えるしぐさを見せる。ちょっと彼女のプライベートな部分に触れるかもしれないけれど、ここもスキルを使わせてもらおう。

 スキルを発動すると、「一之瀬隼人が頭を撫でる」と出た。

「え?」

 なんだこの表示は。

 俺が、頭を撫でる? 誰の?

「……」

 茶音はじっとこっちを見ている。

 いやいや、それで本当にしゃべるのかよ。

 試しに彼女に聞いてみるしかない。ままよ。

「じゃ、じゃあ、もし、もしもだよ? もしも、きちんとしゃべることができたら俺が君の頭を撫でてあげるといえば――」

「まかせろ。いくらでもしゃべってやる」

 急に饒舌になった。

 彼女はズイッと頭を出してくる。頭をなでろというメッセージだろうか?

 しかしここで甘くしては彼女のためにならない。伸ばしそうになった手をぐっとこらえて、彼女を諭す。

「いやいや、一言だけじゃだめだよ。試験は何分あると思っているの。十分以上あるかもしれないじゃない。その間、ずっと試験官と話をしないといけないんだよ」

「……」プクー

 不満げに頬を膨らませる。ちょっと可愛い。

 彼女のほっぺたを人差し指でつんつん触りながら彼女に提案する。

「よし、一分しゃべれたら一撫でしてあげよう。十分で十撫でだ」

「われ、じゅうなでをしょもうす」

「きちんとした現代語でしゃべってね」

「あいわかった」

 何だか昔の言葉になっているけど大丈夫だろうか。


 しかし本当にこんな方法でいいんだろうか。いや、スキルで表示されたんだから、これが確実だ、間違いない。それに、茶音は必死に頑張ろうとしているんだ、彼女のためにも俺も頑張ろう。俺は自分に言い聞かせて、訓練を開始した。

「よし、頑張ろうか」

「うむ、よきにはからえ」




 こうして二週間、俺は茶音の頭を撫でまくった。

 人目のつく塾内でやっていたものだから、いつの間にかロリコンのあだ名がついていた。

 二週間後、かなり話せるようになった茶音と、試験が終わった後に百撫でしてあげる約束をして、口述会場の近くにとった宿に向かう。埼玉県和光市の近くだ。


一緒の電車に乗りながら、茶音と話をする。

「茶音はどこの宿なの?」

「一緒」

「ん?」

「……」

 一緒ってどういう意味だろう。

 電車が目的の駅に着いた。

「俺はこの駅で降りるんだけど……茶音は?」

「一緒」

 電車のドアが開くと、茶音も無言で降りてくる。

「もしかして一緒の駅にある宿なの?」

「……」コクコク

 頷く茶音と一緒に改札を出る。改札を出てからも彼女は俺の後をついてくる。いったいどこまでついてくるんだだろう。

「……あの、ここ、俺の宿なんですけど」

 とうとう俺の宿に着いてしまった。

「……」

 話しかける俺を無視して茶音が宿に入っていく。

「いらっしゃいませ。ご予約の方でしょうか」

「うん、いちのせはやと」

「一之瀬隼人様ですね、お待ちしておりました――」

 茶音が勝手に俺の部屋のチェックインをしていた。

 いやいや、気づけよ、スタッフ気づけよ、そいつ女の子だろ、どう見ても10代か20歳くらいの女の子だろ、明らかに20代後半の一之瀬隼人じゃねえよ。

 俺が呆然としている間に説明も終わり、ルームキーが茶音に渡される。

「……」クイッ

 茶音があごで俺に合図を送る。部屋に行くぞ、ということらしい。

 そんな経緯で、その日一日は茶音と一緒にホテルに泊まることになった。別にいかがわしいことはしていない。



 口述試験が始まった。

「B室三番の者です。よろしくお願いします」 (※名前を言うと失格)

「椅子におかけください」

「失礼します」

「それでは今から事例を読み上げます――甲が乙に対して金銭300万円を貸し――」

「――訴訟物は甲の乙に対する消費貸借契約に基づく――」



 二日間なんとか試験官との対話をこなし、口述の試験が終わった。

 試験が終わると、解散まで待機室で待つ。

 後から終わった茶音が待機室に入ってきたかと思うと、俺のほうに向かって走ってくる。

「……」ダダダダッ

「うおい、頑張ったな、よしよしよし」

 俺の胸に頭から飛び込んできた茶音をキャッチして頭を撫でてやる。

「えへへ」

 茶音も嬉しそうだ。

「ご褒美に千撫でしてやるぜ!」

「せんなで!」

 彼女はキラキラとした目で期待するようにこちらを見てくるので、目いっぱい撫でてあげる。

「よしよしよし」

「えへへ」

 二人でわちゃわちゃしていると

「そこの人たち! 自分の席で座って待っていなさい!」

 試験官の人に怒られたので、五十撫でくらいしかできなかった。

 全員が解散した後に千撫でしてあげた。


 数週間後、口述の結果発表があり、二人とも合格していた。

「せーの」

「……」べりっ

 この成績開示も三回目だ。


一之瀬隼人

120点


白鳥茶音

120点


 同点だった。

 たぶん俺は刑事61、民事59だったんだろう。

 そして茶音は刑事63、民事57だったんだろう。いや、もしかしたら刑事120、民事0もあり得るかもしれないな。点数は57点から63点までのはずだが、もしかしたら茶音ならあり得るかもしれないと思ってしまうのが怖い。


「……じゃあ、半年後の司法試験に向けて頑張りますか」

「いわれずとも」

 そこから毎日、猛勉強の日々が続いた。


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