限界とは
あっという間に7月になった。論文式試験が始まる。
マークシートと違って自分で文章を書く必要がある論文の勉強は、山ほどやることがあって、2ヵ月が経つのは本当に早い。
「ううう、緊張するね。茶音……はいつも通りだね」
相変わらずの表情で会場へと向かう茶音。
「あ」
道中、パン屋さんへと向かっていく。
今日もお昼ご飯を買いに行くようだ。
「……俺も買おうかな」
彼女といると緊張がほぐれて助かる。
論文試験は十科目あり、二日間にわたって行われる。
たくさんの机と椅子を詰め込んだ会議場のようなところで、一斉に論文の試験が始まった。
刑事系の試験中、茶音をちらりと見る。
まだ始まって三十分くらいだったが、既に筆記用具を紙面に滑らせており、答案用紙も何枚か書いているようである。いいペースだ。
(……って他人の心配している場合じゃねえな)
俺は得意の刑事系科目で得点を取るべく、問題文を舐めるように読んでいく。
科目が変わり、民事系の試験中、少し難しいなと思い、茶音をちらりと見る。
彼女はボーとしたまま動かない。空中を見て何かに考えをめぐらせているようだ。
数十分してから彼女を見れば、先ほどと同じ姿勢で固まっている。
やっとこさ動き出したかと思うと、一行ほど書いてペンを置く。またボーとして動かない。
(いくら民事系が苦手だからといって、書かないと点数にならないよ!)
あまりに動かない茶音に、こっちまで焦ってくる。
いけない、いけない。自分は自分の試験に集中しなければ。茶音には来年も、再来年も、その次の年もあるんだし。
俺は自分の苦手分野である民事系になんとか食らいついていく。
試験が終わって、憔悴しきった茶音がふらふらと近づいてくる。
「どうだった? 難しかった?」
「……」コクコク
彼女が頷く。どうやら難しかったようだ。
疲れ切った表情の茶音と一緒に帰る。俺も今日は全てのエネルギーを出し切った。
二か月後に合格発表があり、数日後、成績が返ってきた。
「いくよ、せーの」
「……」べりっ
一之瀬 隼人
憲法 B
行政法 B
民法 E
商法 E
民訴法 E
刑法 A
刑訴法 A
民事実務 E
刑事実務 A
一般教養 C
合計 232.62点
合格判定 230点以上
順位 322位
「うおっ! ギリギリの点数じゃねえか」
せっかく合格していたのに、あまりよくない点数で落ち込んでしまう。
「ごうかくすればいっしょ」
「そうだね、茶音はどうだったの?」
ズイっと成績表を差し出される。
そこには凄まじい成績があった。
白鳥 茶音
憲法 E
行政法 E
民法 F
商法 F
民訴法 F
刑法 S
刑訴法 S
民事実務 E
刑事実務 S
一般教養 A
合計 230.07点
合格判定 230点以上
順位 380位
……えす?
「あ、あの、茶音さん。この試験、最高がAランクのはずなんですけど」
「てんげんとっぱ」
天元突破? ……50点を超えたということか?
「まさか、限界を超えてしまったから、採点者がSランクにしたということですかね」
「よくある」
彼女は飄々とした口調で言う。
あ、そうですか。よくあることなんですか。俺は初めて聞きましたけど。なんだろう、この何事にも動じない精神は。まるでこんなこと普通じゃないかと言っているようで、大人の俺がグチグチ追及するのも気が引ける。
というかよく見たら一般教養も負けてるじゃねえか。ちくしょう。
「じゃ、じゃあ、口述の勉強頑張りますか。まあ口述の合格率は92%くらいだし、ほとんど合格したようなもんだけどね」
「……」
楽観的な俺とは対照的に、茶音が困った顔をしている。
「ん……どうしたの?」




