素質
「強盗罪における暴行強迫は――」
「……」コクコク
「試験では、被害者の生命身体に及ぼす危険性、暴行の態様・執拗性、被害者が実際に反抗しているか、周囲の状況などが事実として書いてあるから、これを評価するといいんだ」
「……」コクコク
「例えば問題文に「甲(33歳、男)」「乙(52歳、女)」「刃渡り15センチメートルの包丁を顔に向けて――」と書いていれば、「男である甲は女である乙よりも若く一般的に体格も良いので――」「刃渡り15センチメートルの包丁という非常に殺傷力のある凶器を、頭部という人体の枢要部に向けたのであるから――」と答案に書くんだ」
「……」コクコク
「――分かった?」
「……」コクコク
彼女の反応はどうも捉えにくい。本当に分かっているのか?
「じゃあ、この問題解いてみて。強盗の部分だけでいいから」
そう言うと彼女はボールペンを走らせ始めた。眠そうな目は変わらないものの、一定の速度で答案を書き上げていく。そして10分もしない間に答案を書き上げてしまう。
グイッ
無言で差し出された答案を見た俺は驚愕する。
「な、なんだこれ。完璧じゃないか」
「おまえ、おしえるのうまい」
突如声が聞こえたが、最初は茶音がしゃべったと気づかなかった。
久しぶりに聞いた彼女の声は、なんだか大人びた新鮮なものだった。
「はっはー、せやろせやろ」
褒められたのが嬉しくてついつい頭を撫でてしまう。背が小さくてちょうどいい位置におかっぱ頭があるせいかもしれない。
「いっしょう、おまえについていく」
「いやいや早まるな」
だがまだまだ高校三年生、危なっかしいところは残っているようだ。
茶音がピシッと垂直に手をあげる。なんだ?
「はい、白鳥茶音さん」
「しゅういのじょうきょう」
周囲の状況? さっき説明した考慮要素のことか?
「周囲の状況がどうしたの?」
「……」
どうやら長文はしゃべられないらしい。でもそれが微笑ましい。
「強盗罪の暴行脅迫の判断で周囲の状況をどう考慮すればいいのか分からないの?」
「……」コクコク
ああ、そういうことか。
「例えば、僕が二人きりで君を路地裏に連れて行って、ナイフを使って「金を出せ」と茶音を脅したら、茶音はどう思う?」
「おまえころす」
「いやいやいやいやいや、やめて、やめてよ」
何て過激な女子高生だ。こんな女子高生見たことないぞ。
「せいとうぼうえい」
「過剰防衛だよ! もう習ったでしょ!」
茶音は首をかしげる。「え? これくらいいいでしょ」とでも言うかのように。
やっぱり駄目だこの子。きちんと刑法を教えてあげないと。
「じゃあ、普通の女の子、普通の女の子なら二人きりで周りに誰もいないと怖くならない?」
「なる」
「でしょ? つまり周囲に人がたくさんいればいるほど助けを求めやすくなるんだ。助けを求めやすいということは反抗しやすいから強盗罪の暴行脅迫は認められにくい。問題文には「人気のない路地」「住宅街に囲まれた」「深夜」「日中」とかいった言葉が書いてあるはずだから、それを評価するんだよ」
「……」コクコク
よかった、納得してくれたようだ。俺の命はしばらく安全だ。




