大学生の見方
この塾ではたまに講師から生徒に問いを投げかけられることがある。
普段の授業を復習する目的があるらしい。
「一之瀬さん、強盗罪における暴行脅迫の定義を言えますか?」
講師に問われ、岩崎との一戦を思い出す。
「はい、相手方の反抗を――」
「はい、その通りです。よく勉強されていますね」
年下の合格者に褒められて少しむずかゆいところがある。
「一之瀬さん結構しっかり勉強されているんですね」
以前に少し話した大学生たちが休憩時間中に話しかけてくる。
「来年の予備試験も受験するつもりですか?」
「ああ、一応受けてみるつもりだよ」
「すごいですね。意識高いっていうか。俺らも来年予備受けてみるか」
この場合の意識高いは褒める意味で使ってくれているのだろう。
「全然勉強していないのに受かるかな」
「一般教養でワンチャンだろ」
「それな」
「ワンチャンワンチャン」
ワンちゃん? 犬? よく分からないが彼らも受けるらしい。
こうして仲良く話をすることができているから、一応彼らとも波風立てずにやっていけてると思っていた。
しかし、ある日トイレ横で彼らが会話しているときに、俺の名前が耳に入る。いわゆるカクテルパーティー現象だ。
「――そういえば一之瀬さんってさ」
「一之瀬? 誰?」
「ほら、あの顔がむっちゃ不細工な人」
「ああ、あの人外か」
「あの人ってさ、むっちゃ刑法とか詳しいのよ。絶対に何年も受験してるんだぜ。ほら、何ていうの、クソヴェテ? クソヴェテだって」
「クソなベテランだからクソヴェテか。ははは、あの年で受験勉強ってダサいよな」
「そうそう」
侮蔑的な意味でクソヴェテと呼ばれる話が聞こえた。
明らかに俺を馬鹿にする態度に、怒りよりも脱力感が先にわいてくる。
大学生たちとも仲良くやって溶け込んでいるように思い込んでいたのは俺だけだったみたいだ。
学生と大人の超えられない壁に悲しくなりながら自習室に戻る。
席に着くと、茶音がクイクイッと袖を引いてくる。テキストを見れば、今日は刑法を教えてほしいらしい。
「あのさ、俺は大人なのに受験勉強しているってさ、ほんとかっこ悪いじゃん。そんな俺に教わっても意味ないっていうかさ、やめといたほうがいいんじゃない」
その時は卑屈な気分だったので、自分でもよく分からない言い訳で断る。
しかし茶音は「何言ってんのこいつ?」みたいな不思議そうな顔をして、クイクイッと袖を引き続ける。
「はよ」
クイクイクイクイクイ――クククク
どんどん手が速くなっていく。
「……はあ、分かったよ」
たぶんこの子は何も考えていないんだろう。クソヴェテと馬鹿にされることもないか。
俺は茶音に根負けして、いつも通り教えてあげることにした。




