タワーマウンテン
取調べを終えた俺たちは警察署を出る。
岩崎は起訴され、執行猶予はつかないはずなので、これで南さんはつきまとわれなくなるだろう。
「一之瀬さん、本当にありがとうございました。何とお礼を申し上げればいいやら」
彼女が頭を下げて謝意を示してくる。
「いえいえ、乗りかかった船でしたから。お気になさらず」
俺も殴られたし、これくらいの意趣返しは許されるだろう。これで少しは世の中が平和になるはずだ。
「刑事さんにお話を聞いたら、おそらく最低でも10年は出て来れないだろうって言っていました。ちょっと可愛そうな気もしますけど、しょうがないですね」
あんなやつでも可愛そうだと思うところに、彼女の懐の広さがうかがい知れる。
「一之瀬さんには助けていただいたので、何かお礼がしたいです」
彼女はそう言ってきれいな瞳でこっちをまっすぐ見てくる。
「いえいえ、これくらい大したことないですよ」
「そうおっしゃらずに。そうだ、この近くに美味しいパンケーキのお店があるんです。一緒に行きませんか」
デートに誘われた。いや、デートではない、ただのお礼だ。
岩崎はあんなやつだったが、紛うことなきイケメンであった。あんなイケメンと比べれば俺なんか人間とも思われていないだろう。
「分かりました。ご馳走になります」
「よし、それじゃあ行きましょうか」
二人で歩き出し、警察署を後にした。
着いたお店は、全体的に白色の内装だが木造の可愛いインテリアがたくさんあって、メランコリックな雰囲気を演出していた。
席に座ると、彼女が楽しそうに笑う。
「おすすめの料理があるんです。きっと驚きますよ」
店員を呼ぶボタンを押して店員が来ると、彼女がその「おすすめ」を注文する。
「タワーマウンテン、クリームましましで」
「かしこまりました。ドリンクは何になさいますか?」
「俺はアイスカフェラテで」
「それじゃあ私もそれで」
「かしこまりました」
店員が厨房へ戻ると、俺は彼女におすすめの正体を問う。
「タワーマウンテンって、何か尋常じゃない名前ですけど、どんな料理何ですか」
「ふふふ、見てのお楽しみです」
シャープな目をさらに細めきれいな顔で悪戯っぽく笑う。そんな彼女の笑みを見て、俺は嫌な予感しかしなかった。
しばらくすると注文した料理がやってくる。
「お待たせしました。タワーマウンテン、クリームましましです」
パンケーキが10枚くらい重なった山が出てくる。その高さは俺の目線まであった。
間にはこれでもかというほど生クリームが入っている。
「どうです? すごいでしょう。タワーマウンテンはここの名物で、とっても人気なんですよ」
「え、ええ、とても嬉しいです」
作り笑いをして、結婚式のケーキ入刀の場面のようにナイフを入れていく。
二人で食べきれるだろうかと不安だった俺は、ナイフとフォークが一つしか用意されていないことに気付く。彼女はニコニコとこちらを見てくるだけだ。
おいおい、あんたは食べないのかよ。俺一人でこれを食べろと? 心の中でツッコミを入れる。
しかしせっかくご馳走してくれているんだ。完食しなければ。よく分からない使命感、義務感に駆られてナイフとフォークを動かしていく。
「どうです?」
一口食べれば、生クリームとパンケーキの甘みが口に広がる。確かに美味しいが……既に胸やけがしている。こんなにたくさん甘いものを食べた経験はない。
「ええ、とても美味しいです」
俺はひきつった笑みで必死に取り繕う。
「それは良かったです」
彼女はニコニコ笑っていて、手を動かす気配はない。
「それにしても一之瀬さん、車の上で捕まって、よく落ちなかったですね。いくら私がつけた取っ手があったとはいえ」
「実は知り合いにしつ……スタントマンの人がいて、実際に車のトランクの上に乗りながら体の動かし方などを教えてもらったんです」
あのスタントの練習で柏原様の車一台がお釈迦になった。車の値段は俺の年収5年分らしい。思い出すだけで悲しくなりながらフォークを口に動かす。
「へーそんな知り合いがいるなんて、まるで別世界の人みたいです。今回は私個人の悩みだったのに、いろいろと相談に乗ってくれて、撃退までしてくれて、本当にありがとうございました」
「そんな、これくらい大したことないっすよ」
ふふっと彼女が笑う。
「何回か会っただけの私のためにそこまでしてくれるなんて、一之瀬さんってお人よしなんですね」
「いえいえ、巡りあわせというか、俺がいなければ誰かが助けていたはずです」
「そんなことないですよ」
二人で会話を楽しみたいが、今は目の前の敵のことで頭がいっぱいだ。
まだ三分の一くらいしか食べていないが、ちょっとお腹いっぱいになってきた。
正直に彼女に言って一緒に食べてもらうか。「聞くは一時の恥」ともいうし。いや、それはちょっと違うか。「武士は食わねど高楊枝」だったかな。いや、それもちょっと違うな。
「すみません、俺一人では食べきれそうにないので、一緒に食べていただけませんか?」
「え? いいんですか? じゃあ一口だけいただこうかな」
彼女の目が光っていた。エサを前にしたウサギ……もといライオンのようだった。
その後、結局彼女は半分くらい食べてくれた。
「また一緒に行きましょうね」
彼女がお会計をしてくれて、店を出た後、嬉しそうに誘ってきた。
マウンテンを食べて彼女もご満悦のようだ
「え、ええ」
今度は別の料理がいいなあ。そんなことを思いながら、しかし満面の笑みを浮かべる彼女の前に言葉にはできず、ただ肯定の返事をするしかなかった。




