誘い水
ある日、愛から電話がかかってきた。
「もうあなたのことなんか大嫌いだから、二度と連絡してこないで! あと家で待ち伏せするって女々しいわね、付きまとう男って本当にキモイから。キモすぎて吐きそう。あんたに比べたら一之瀬さんのほうが何倍もいい男ね。女々しい男は黙って一人で自家発電でもしておきなさい」
ガチャっと唐突に電話が切れる。
一方的にこちらを侮辱する言葉に怒りがふつふつと沸いてくる。頭が沸騰しそうだ。
「好き勝手言いやがって」
憤怒の感情にまかせ家を出る。腸が煮えくり返りそうだった。
俺に歯向かったことを後悔させてやる。
あいつの家に着くとドアを開く。運よく鍵が開いている。へへっちょうどいい。
許可を得ることなく家の中を進んでいく。見つかったって構うものか。俺は半ば自棄になっていた。
「おい、愛」
部屋に入ると、彼女と一緒にあの不細工の男がいた。
予想だにしなかった状況に面食らう。母親がいる可能性は頭にあったが、この状況は想像していなかった。
「何だお前、もしかしてその男と付き合っているのか。B専かよ」
「あんたには関係ないでしょ!」
男が、叫ぶ愛をかばうようにして立つ。気に食わない。
イライラして視線を部屋の中に移せば、あるものが目に入る。
「お、いいところにナイフがあるじゃねえか」
いつの間にか手元の机の上に使いやすそうなナイフが置いてあったので、使わせてもらおう。持てば手になじみ、まるで俺のために用意されたかのようだった。これは幸先がいい。
「おい、そいつを渡しな」
「嫌です」
「これが見えねえのか?」
刃渡りの長いナイフを目の前に突きつけてやれば、観念したかのように体をどけ、大人しく愛を俺のほうに渡す。
「ちょっとやめてよ」
「黙ってろ」
強く腕を掴むと大人しくなる。
男を見れば、なぜか腕をさする動作をして、ロ〇ックスの明らかに高そうな時計をこれでもかというほど見せびらかしてくる。こいつ馬鹿か?
「ついでにそっちの時計もだ」
「嫌です」
「つべこべ言うんじゃねえ!」
俺の声にびびったのか、大人しく不細工が時計を渡してくる。
さて、用は済んだし俺の家に行くか。この女に歯向かったことを後悔させてやる。
ちょうど愛が車のキーを手に持っていたので、こいつの車で俺の家まで向かうことにする。ナイスタイミングだ。
「それをよこせ!」
「嫌よ!」
抵抗する彼女の手をどけて、鍵を手に入れる。
家を出た俺は、セダンタイプの車のドアを開けてこいつを放り込んだ後、エンジンを入れた。
不細工な男は家の前まで出てきたものの、突っ立ったままだ。直立不動でこちらに体を向けている。
ちびって足も動かねえんだろう。
「あばよ!」
視界を前方に移し発車した瞬間、ドンと何か音がした。車が揺れる。
その瞬間、急に愛が騒ぎ出す。
「降ろして!」
どんどんどんと扉を叩き、懇願する。
「うるせえ、じっとしてろ」
それでもドアを叩く動作をやめない。何かにアピールしているようだった。
ちらりと目に入ったバックミラーに何かが見える。鏡を注視するとそこには人の姿があった。
「……おいおい、あいつ、マジかよ」
何と、不細工な男がトランクの上に乗っているのだ。
「ちっ」
このまま走るのはいろいろとまずい。
俺は何とか男を振り切ろうとして、急発進急ブレーキを繰り返したり、左右にハンドルを動かしたりした。しかし男はなかなか落ちない。
「ちっしぶといな」
「降ろして! 降ろしてよ!」
先ほどから隣が異様に騒がしい。
「ちっ。うるせえんだよ!」
愛を黙らせるために手を振り上げたその瞬間
ウーーーーー
サイレンの音がする。
やばい、ポリ公だ。
「そこの車、止まりなさい」
サイレンに促され車を止める。ドサッと男が車から降りた、いや、落ちた。
気づいたときには、なんと前後をパトカー2台ずつで囲まれている。
昼間の住宅街で回る赤色灯が異様に辺りを赤く照らしていた。
運転席から出た俺は、倒れた男の得意げな顔を見て、ようやく自分がはめられていたことに気付いた。
(コメント)
どんな犯罪をいくつ確認できるでしょうか。当ててみてください。




