遭遇
俺の生活が安定し始めたころ、メールで南さんに呼び出された。
潤った懐を利用してカフェで豪遊していると、南さんがやってくる。
今日の彼女はいつもと違い、やや疲れた様子だった。やや切れ目のシャープな目も、今は焦燥感を表しているように見える。
「一之瀬さん、実はお願いがあります。プライベートでかなり困っていて、一之瀬さんのお知恵を拝借したいんです」
何かに追い込まれた様子で彼女は話し出す。
「話だけでも聞きますよ」
俺がそう言うと彼女はうつむきながら現状を話し出した。
「実は……今まで付き合っていた彼氏と別れようとしたんです。メールで伝えて、連絡も無視するようになりました」
「ふむふむ」
「ところが、向こうはなかなか別れようとはせず、仕事帰りに押しかけてきたり、電話を何度もかけてきたりしたんです」
「ふむふむ、何かされたんですか?」
「いえ、その度に逃げていますので、何かされたというわけではないですが、あえて言うなら付きまとわれているという感じですね」
「ほうほう、それは警察に相談するのも一つの手だと思いますが、もう連絡されましたか?」
と言っても、基本的に警察が恋人のいざこざに対応することはない。そんな対応をしていれば重大な犯罪に手を回せなくなるし、大抵はしょうもない感情論から通報してくる人が多く、痴話喧嘩は他人が入らなくても丸く収まるからだ。
「はい、一応警察にも連絡したんですが、具体的な被害がなく門前払いで……」
案の上だった。警察はそういう機関ではないからね。
「それは大変――」
俺が慰めの言葉を口に出そうとすると、イケメンが店に入ってきる。南さんを見ながら一直線にこちらにやってきた。
「おお、愛、こんなところにいたのか」
「……しんや!」
その顔にはあからさまに嫌悪感がにじみ出ていた。これが南さんの彼氏か。茶髪のイケメンでタイトな服を着てかなり遊び慣れた格好をしている。
「うわっ、何だこの不細工、お前、こんな不細工なやつと友達なのかよ。あ、俺、岩崎伸也っていいます。よろしく不細工さん」
そう言うと岩崎はギャハハと一人で笑いだす。
「ちょっと、失礼でしょ!」
「いやいや、こんだけ酷かったらこいつも自覚してるっしょ。ね?」
「お構いなく」
「ほらほら、こう言ってんじゃん」
バシバシと俺の肩を叩くその様には、気遣いという言葉の欠片もない。そのまま俺達の隣の席に座る。
「にしても、連絡ないから、どうしたのかと思ったよ」
「だから、私はあんたとは別れたいって言っているのよ! もう付きまとわないでよね」
「はあ!? 何だよ急に。俺の何が悪いっていうんだよ」
二人で口論を始める。
俺がどうしようか逡巡していると、岩崎が彼女の手を取る。
「おい、行くぞ」
そう言って強引に南さんの手を引こうとする。
「ちょっと離してよ」
「嫌がっているじゃないですか」
嫌がる彼女を見て思わず口を挟んでしまう。
「あ? 不細工な部外者は黙っていろよ。これは俺たちの問題だろうが。それとも何か? お前はこいつの男だとでもいうのか」
「いえ、そういうわけではありませんが、友人として――」
「だったら黙ってろよ!」
怒声がカフェに響く。
一瞬空間が張り詰め、静寂がカフェを包み込む。客の視線がこちらに注がれているのが分かる。
南さんが何かを見つけたのか、手を振り払うと走って出て行った。
「おい、愛!」
すかさず追いかけようとする岩崎を、俺は止めようとする。
「あんまり付きまとうと嫌われますよ」
前に立ちはだかり、岩崎の体を両手でとどめるように軽く押す。
「お邪魔不細工は引っ込んでろ!」
両手で胸をドンと強く押され、尻もちをついてしまう。胸が鈍く痛む。
カフェの外を見れば、ちょうど良いタイミングでやってきたタクシーを南さんが呼んだようだ。彼女は既に乗り込んでいる。
「すぐに出してください!」
叫ぶように言うと、タクシーが発車した。
南さんはなんとか逃げ切ったようだ。
ほっとしていると、怒り狂った岩崎が俺に近づいてくる。
「消えろ、このブ男が」
振りかぶった右拳で顔を殴られる。明らかに人を殴るのに慣れた動作だった。勢い余って俺の体が地面を転ぶ。
「もともと不細工だから、どれだけ殴られても問題ないだろ。顔が変形しても分かんねえよ」
ギャハハハと下品な笑い声をあげて岩崎は去って行った。
ジンジンと痛む頬をさすりながら、俺はすごすご退散するしかなかった。




