セバスチャン
拘置所から帰った俺はセバスさんと二人でお互いの身の上話をした。
「表彰おめでとうございます。セバスさんは本当にすごいですね。こうバッとしてドドドッと行ってビュッと駆けてしまうんですから。最後なんか木の上を跳んでましたよね」
うまく日本語で言えないほど彼の動きは人間離れしていた。
「いえいえ、あれくらい大したことないですよ。頭脳に秀でた一之瀬さんのほうが私より何倍もすごいと思います。体を鍛えることはそう難しくありませんよ。私はそういう家系だったので、子供のころから鍛えられたんです」
誰が聞いても謙遜にしか聞こえない。難しくなくはないだろう。
「ど、どんな家系なんですか」
俺の問いにセバスさんが苦笑いをすると、ぽつぽつと話し出す。
「私は偵察、潜入捜査を生業とする家系に育ち、あらゆる体術、武術を極め、肉体を鍛えることだけが生きがいでした。様々な裏の仕事をして、機密情報を盗むなど犯罪行為を働いたこともあります。昔の話ですがね。しかし、あるとき窮地に陥ってさくら様に拾ってもらってからは、「私に仕えなさい、それこそ生きがいよ」と言われたその言葉の通りに忠誠心に生きることにしたんです」
「彼女が自分を縛りつけようとしているとは思わなかったんですか」
俺の言葉にふっと彼が笑みをこぼす。
「私にそんな狡猾さを見抜く頭脳はありませんよ。彼女のために働き、それにお礼をもって応えられれば、私がこの屋敷で働くことに生きがいを見出すのに時間はかかりませんでした」
それに、と言葉を続ける。
「それに、私はもしかしたら支配されることを望んでいたのかもしれません。無味乾燥な日々に彼女が潤いをもたらしてくれたというべきでしょうか。一つ言えることは、さくら様を好きになって私は幸せになったという事実です。さくら様と体を重ねたこともありますが、そのせいで心まで捕らわれてしまいました。今では完全に骨抜きですね。ただ、私はあまり頭が良くないので、彼女が私を好きになってくれることはありませんでしたが」
それでも、と本当に嬉しそうに年季の入った笑みを顔に浮かべる。
「それでも、私は彼女のおそばにいれるだけで嬉しいのです」
幸せそうな彼を見てどうしても思わずにはいられないことがある。
「……支配されて、逃げたいとは思わなかったのですか」
俺の今の気持ちは持っていないのだろうか。
「いえいえ、決して不幸ではないのですよ。私はさくら様を愛しています。少し恥ずかしいですが、こう、さくら様のおそばにいるだけで心が満たされるというか、好きになるということはそれだけで素敵なことなのだと思います。たとえそれが片思いであったとしても。ただ、一之瀬さんは、彼女を振り向かせることができる人なのではないでしょうか」
セバスさんがそう言葉を終えると
バタン、という音とともに柏原様が入ってくる。
「隼人さん!」
こちらに走ってくる彼女の目の中にハートマークが見えた。あ、これダメなやつや。
「隼人さーん、ブフォ」
抱き着こうと飛び込んできたが、俺が避けたのでソファに顔から突っ込むことになった。
「そ、それも隼人さんの素敵な能力の一端なのですか?」
顔をさすりながら、らんらんとした目で聞いてくる。
「いえ、今のは普通に避けただけです」
だから言っているだろう、あなたが惚れているのは俺のスキルだって。
「ふふふ」
彼女は不敵にニヤリと笑う。邪悪な笑みを隠そうともしない。
「隼人さん、私とベタベタするのも仕事のうちよ! 従いなさい」
堂々ととんでもないことを言い出す。
「そこまで言うなら、怪盗と戦った分も給料払ってくださいよ。身の危険もあったんだし、それなりの報酬を――」
「いいわよ、セバス!」
「はっ」
その一言で札束がポンと目の前に置かれる。200万はあるだろうか。
しまった! こいつにとって金は俺たちを支配する道具でしかないのだ。セバスさん、裏切ったな。セバスさんを睨めば、彼は楽しそうにニコニコしている。
自分の失言に後悔しつつ、柏原様の気が済むまで、されるがままになるしかなかった。




