印の意味
セバスさんを柏原様の自家用ジェット機で追いかけると、ジャックがお縄についていた。
なぜか亀甲縛りで緊縛されている。セバスさん、そんな趣味が……?
「さて、それじゃあこの不埒者を処分しましょうか」
「いま警察に通報しますね」
物騒な言葉が聞こえてきたので、くぎを刺しておく。
「あら、隼人さん意外と甘いのね」
何をするつもりだったんですか。
俺の通報により警察が駆けつけ(途中、敷地内が広すぎて警察が迷子になったのでジェット機で回収してあげた)、捕まえたジャックは引き渡された。
有名な怪盗を捕まえたということで、セバスチャンは表彰された。俺も表彰されそうになったが、全力で断っておいた。警察署になんか行くとこの顔だけで捕まりかねない。
「あ、どうも」
「あなたは……あのときのぶさ――男性じゃないですか」
誰が不細工だ。
俺は拘置所へ行き、ジャックさんに面会しに行ったのだ。
「拘置所はどうですか?」
「え? ええ、快適ではないですが、耐えられないことはないですね」
「ジャックさん、なんで予告文なんか出したんですか」
「あ、それを聞きにきたんですか。物好きな人ですね」
まあ別にそれだけじゃないんだけど。
「最初はかっこいいかなと思って出したんです。向こうも盗まれるんだからフェアに戦いたいじゃないですか。童心といえば聞こえはいいですが、青二才という言葉がぴったりですね。特に見つかっても問題ないと思っていましたから自棄になる部分もあったかもしれません。守るべきものがある今とは違ってね」
彼から恋人がいることを聞いた。盗みをしたことがばれてしまったが、誠心誠意反省したジャックさんを見て、それでもなお待ってくれるらしい。
いい彼女だ。
「その子のためにも、きちんと反省して、真人間として暮らしていこうと決めたんです」
彼の目には強い希望の光が宿っていた。
俺は一番気になっていたことを聞いてみた。
「犯行予告につけられた印、これ検事のバッジの印ですよね? どうして秋霜烈日なんですか?」
「おお、よくご存じですね。秋霜烈日は、秋の冷たい霜や夏の激しい日差しのような気候の厳しさのことで、自分の置く身が極めてきびしく、また厳かであることのたとえなんです。怪盗という職業は常に孤独です。屋敷に潜入した時から嘘で塗り固めた自分で日々を過ごし、本当の私を知ってくれる人はほとんどいません。その孤独と戦いながら何年も準備を重ね、犯行の一瞬のために生きているのです。どうしようもなく辛くなったときには、この言葉を胸に刻んで過ごすことにしています。簡単に言うと、プライド持って怪盗やるためですかね。秋霜烈日の印は、私のお気に入りの印なんですよ。さっき申し上げましたが、挑戦状で知らせたのもその一環ですかね」
怪盗のプライド、心意気、覚悟を目の当たりにしてちょっと感心した。おいおい、俺の心まで盗まないでくれよ。
ふっ、と遠い目をして彼は言葉を続ける。
「ただ、本当の自分を知ってくれる大切な人に出会うことができたタイミングで、盗みが失敗してしまったというのは因果なものですね」
しばらく刑務所にいることと、彼女と出会えなかったこと、どちらか選べといえば彼はどちらを選ぶのだろうか。
いや、答えはいつだって決まっている。
「そろそろ時間ですね。彼女のためにもきちんと模範囚として過ごして、できる限り仮釈放を早めたいと思います。失礼します」
かけがえのないものなど、一つしかないのだから。




