怪盗ジャック
今日は橋本事件が終わってから初めての出勤である。
「おはようございます! 本日もどうぞよろしくお願いします!」
この仕事だけが俺の唯一の収入源だ。俺はできる限り元気に挨拶して、やる気をアピールをする。
「ふわあ。あら、おはよう。隼人さんは今日も元気ですね。それではいつも通りよろしくお願いします」
寝ぼけたパジャマ姿の柏原様に出会う。ちょっと可愛い。
今日の彼女の朝食はマスカット、イチゴ、ブルーベリー、マンゴスチンなどなど、フルーツばかりだ。どうしていつも朝にフルーツを食べるのだろうか。
いけない、今は仕事に集中しないと。
しかし、隣の部屋に移動して柏原様がいなくなると
「はあぁ」
深いため息をつく。
とぼとぼと歩き、家電を拭く。
「ほえぉ」
ため息が止まらない。収入が乏しくなって今後の生活をどうしようか、そんなことを考え始めると悩みは尽きない。
ぼちぼち歩きながら、エアコンの整備をする。
ゾンビのように繰り返し歩きながら家の中を見て回った。
テクテクテク
「ニャー」
寄ってきたサイベリアン(ベアトリス・雅・リノン)がすりすりと体を俺の足にこすりつけてくる。
「おうおう、お前は優しいなあ」
触ろうとするとスルリと逃げられる。
「ニャー」
……解せぬ。
そんな様子の俺を見て、セバスさんが心配したのかいつの間にか音もなく横に立っていた。
「一之瀬さん、どうしたんですか。ご気分でも優れませんか?」
今日も彼はしわ一つない執事服だ。四十歳は超えていそうだけれど、それにしても白髪(銀髪だろうか)が多い。
「いえいえ、決して体調が悪いわけではないんです。ただ、ちょっと生活や、仕事で不安がたまって……」
「もしよろしければお聞きしましょうか。人に話すことで解決する問題もあるかもしれません」
「ありがとうございます。実は――」
俺は今まであったこと、襲われたこと、なんとか逃げることができたこと、今家を探していることを、要点だけかいつまんで彼に話した。
セバスさんは最後まで黙って俺の言うことを聞いてくれた。
「――ということで、家を探しているんです」
「そうですか。それは大変でしたね。柏原様ならいくらでも別荘を持っていらっしゃいますので、それをお借りするというのはどうでしょうか」
「ニャー」
ベアトリスも賛同するかのように一鳴きする。
「うーん……何から何まで柏原様までお世話になるのはどうなんでしょうね。もうちょっと考えてみます」
そう言うとセバスさんは微笑みを湛えて、温かい目で俺を見る。
「それもよろしいかと」
目尻にしわができて、まるで育ちつつある子供を見るような、そんな目だった。
そんなある日、柏原家に挑戦状が届いた。
出勤すると柏原様とセバスさんが深刻そうな顔で話をしていたのだ。
「おはようございます。どうしたんですか?」
「あら、おはよう。うーん、ちょっと困ったことになりましたの」
「怪盗が来ます」
怪盗? セバスさんの耳慣れない言葉を聞いて首をかしげていると、彼は一通の手紙のようなものを渡してくる。そこにはこう書いてあった。
「あなたの家にあるお宝を今月中に盗みます。怪盗ジャック」
その横には秋霜烈日の印がある。これは検事のバッジの印じゃないか。
「怪盗ジャックって誰ですか?」
「ジャックは、多くの富豪に挑戦状を送りながら実際に窃盗を成功させている化け物よ。未だに一度も捕まったことがないという伝説の怪盗なの」
へー、それはすごいな。もしかして俺と同じように何かスキル持ちなのかな。いや、あの神様がそんなスキル与えないか。
「この印は?」
「怪盗ジャックが好むとされている印で、この挑戦状が本物であることを示しているらしいわ。きちんと鑑定しないと分からないけど、ま、私も諦めるしかないかしら。幸い、人を傷つけたことも一度もないらしいから、身体の心配はないし」
「いや、捕まえることはできますよ」
「え?」
セバスさんと柏原様が驚いた顔をする。
ふふふ、こう見えても私、すごいモノ持ってるんですよ。
「俺が見つけてセバスチャンが捕まえればいいんです」
「た、たしかにジャックを見つけさえすれば、セバスは世界最強ですから……」
世界最強なんだ。セバスさん、あんたどんな体してるんだ。
「で、ですが、何を盗むのか、犯行日がいつなのか、それが分からないと難しいのでは?」
「大丈夫ですよ」
そう言って俺はスキルを発動させた。




