母性
最近は母とよくデートをしている。
お買い物やディズニーにも一緒に行く母は、もう友達のような感覚だ。
DV彼氏とはしばらく会っていない。きっと別れることになるだろう。
今の私は絶好調だ。
「ふんふんふふん」
スキップに鼻歌も交えて絶好調ぶりを表現する。なんだかとても気分がいい。
そんな月のような私は、いつものカフェでスッポンのような……いやいや、別に顔がスッポンに似ていると言っているわけではないのだけれど、とにかく、あの男、一之瀬さんを久しぶりに見つけた。
(ん? あれ、本当にスッポンみたいだ)
なんだかいつもと違い、彼は目に見えて憔悴している。いつもはゆったりと座って本を読みながら何か考えている姿勢だが、今はどんよりと力が抜けたように落ち込み頭を抱えている。いつもきれいなシャツもクシャクシャで、髪はぺったんこだ。
どうしたんだろう、何かあったのかな、心配だな。
自分に余裕があるときは他人の心配ができるものだ。
ん~何か私にできることはないだろうか。
よし、話でも聞いてあげるか。
そう思い立つと私は店に入り彼の対面に座る。いつもの指定席だ。
「一之瀬さん、こんにちは」
そう言うと彼は顔を上げてギョッとした目で一瞬こちらを見た。
ど、ど、どうしたの?
「ああ、あなたですか。ふう」
私の顔を見て、警戒の色は消えた。いや、少しだけだが違和感がある。といってもこれは、誰に対する警戒心なんだろう?
「ちょっとコーヒーを頼んできますね」
「え、え? いえいえ、そんな、いいです」
おもむろに立ち上がると、彼は私の言葉を無視してカウンターに向かっていった。歩く姿も頭を下げ気味でふらふらしている。
明らかに様子がおかしい。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
コトンと置かれたコーヒーを飲むと、相も変わらず舌がとろけそうになるが、しかし彼の様子は尋常ではない。よく見ると目にくぼみができている。眠れていないんだろうか。
「何かあったんですか」
「え? ああ、いえね。ちょっと女性に襲われたというか、監禁されたというか、と言っても信じてもらえないでしょうね。警察ですら俺のことを信じてくれなかったんですから。いや、警察だからこそ、か……」
一人でぶつぶつとつぶやく彼は、目線も定まっていない。どれだけひどいことがあればこんなことになるのだ。
「ええ!? それは大変でしたね」
そう言うとちらりとこちらを見るが、その目はすぐにそらされる。
ああ、分かった。これは女性不信になっているんだ。先ほどの違和感も、女性不信だからこそ私を警戒していたんだ。彼の心の闇は相当に深いことが分かる。
この氷を溶かすには何かきっかけがいるのだろう。いや、そもそも溶かすことができるのかも分からない。
それでも私はそのとき、彼を守りたい、守ってあげたいと思った。
そういう感情が胸に芽生えていたのだ。




