檻の中
「せんぱぁい」
甘えた声で橋本が腕にしがみついてくる。その大きい胸が当たるが、興奮よりも恐怖のほうが強い。
橋本に捕らえられた俺は、手錠で拘束され、手錠のもう片方は机の足にまわされている。首にはハートの装飾がついた可愛い首輪をつけられ、首輪につながれた鎖は橋本の腕輪につながっている。
「先輩に問題です。私は先輩のことが好きである。まるか、ばつか」
「……まる、です」
「えへへ、正解ですぅ。正解した賢い子にはご褒美ですぅ」
そう言って俺に近づき胸元に顔をうずめると
ブチュッ
橋本が俺の胸部に吸い付いてくる。かなり強く吸われたせいで、キスマークがついてしまう。
「あは。先輩の胸板カチカチですぅ」
こいつは先ほどから俺の肌をスリスリと触り続けている。こうしている間に何時間たっただろうか、時間間隔が麻痺している。
仲がいいカップルは、その独占欲を満たすために、パートナーが自分のものであると示すために、互いの体に印をつける。指輪しかり、ペアルックしかり。これをマーキングというらしい。
「では次の問題です。先輩はずっと私と一緒にいたい。まるか、ばつか」
「いえ、あの、一緒にいたいのはやまやまなんですけど、できれば首輪だけでも外してくれると嬉しいなあとは思っていなくもなくも――」
「むむむ! ぶっぶー。不正解です! 間違えた悪い子にはおしおきですぅ」
そう言って俺のおへそあたりに顔をうずめると
ブチュッ
今度は俺の腹部に吸い付いてくる。
ちなみに先ほどから正解しても間違えても同じことが繰り返される。
「むふふ。先輩の腹筋もカチカチですぅ」
長い口づけを終えた橋本は、スリスリと俺の腹筋に頬ずりする。
そんな異常な空間の中で、俺はあることを思っていた。
ああ、ヤンデレの子ってこういう行為をするんだね。前世では本で読んだだけで実際には縁がなかったから、すごく新鮮。俺は一段階成長した気がする。まあこの経験を生かす前に死ぬかもしれないけど。
しかしそろそろ何とかしないとまずいことになりそうだ。そもそもこれはれっきとした犯罪である。誰かがきちんと叱ってあげるべきだろう。意を決した俺は真面目な顔で彼女に語りかける。
「橋本、いいか、よく聞いてくれ。お前が俺を首輪と手錠で拘束する行為は、刑法220条の監禁罪になる。立派な犯罪だ。そのことをよく理解して欲しい。俺の身体の自由を奪う、こういったことはいけないことなんだ。この拘束は犯罪だから君が警察に捕まって刑務所に入る可能性だってある。いいか、橋本、今ならまだ引き返せる。きちんと反省して、この手錠と首輪とミサンガを外してほしい」
少し唐突だったかもしれないが、きちんと引き帰すことができる場面で誰かが叱ってあげることが必要だと俺は本気で思っている。前世の取調べもそういった意気込みで臨んだものだ。ただし……
「はあ……あの、もとはと言えば、彼女がいるのに女の子とデートした先輩が悪いんじゃないですか? それは犯罪じゃないんですか? 先輩は反省しましたか?」
犯罪者は往々にして開き直るものだ。前世でもそうだった。まあ彼女の言い分にも一理あるが。
「……いや、それは犯罪ではない」
「じゃあ、犯罪じゃない行為の罰なんだから、これくらい許してくださいよ。ふふふ、文句を言う悪い子にはお仕置きです」
そう言って彼女は俺のみぞおちにキスを重ねる。
「それに、先輩もこうされることを望んでいるんデスから、いわゆる「被害者の同意」で犯罪にはなりませんよ」
……うん、俺はそんなこと一度も思ったことはないよ。思わせぶりな態度がいけないのだろうか。もう少しガツンと言ってみよう。
「おい、橋本。俺は本当に嫌な――!?」
強く言おうとした瞬間、唇で口を塞がれる。
「んーー。ぷはぁ」
ジャラリ
鎖と鎖がぶつかり合う音がする。
「変なことを言うのはこの口ですかぁ」
橋本は俺の唇を指でなぞりながら笑みを絶やさない。
どうやら叱るのは逆効果なようだ。どうすれば脱出することができるのか、俺は必死に頭を回転させた。
(おじいちゃんの解説)
犯罪の成立には主観的構成要件として故意が必要になります。
ここはかなり難解ですが、もし橋本が本気で「隼人さんも拘束して欲しいと思っている」と信じているならば、故意が認められず、犯罪は成立しません。
もっとも、被害者が嫌だと言っている場合には裁判官は故意ありと事実認定します。そうなると、どちらかというと心神耗弱の問題になりますので、検事は橋本の精神鑑定を申請するかもしれません。




