水族館
「ごめんなさい、10分遅れます。本当にごめんなさい」
「いえいえ、ゆっくり来てください。のんびり座って待っているので、急がなくても大丈夫ですよ」
今日は水族館に行く予定だったが少し遅れてしまった。
いつものカフェで、もしこの人とデートをしたらどうなるんだろうと思い、不細工な彼をデートに誘ってみたのだ。彼はかなり警戒した様子だったが、何とか説得することに成功し、メールアドレスはそのときに聞き出した。
急いで待ち合わせ場所に走ると、彼が待ちぼうけていた。彼はマスクをしているので、すぐに見つかった。
「ごめんなさい、遅れてしまって」
「いえいえ、気にしないでください」
初デート(?)なのに遅れてしまうなんて本当に申し訳ない。
そういえば、と彼は自己紹介をしてくれた。
「名前を言っていませんでしたね。俺は一之瀬隼人といいます。よろしく」
え、名前と顔が一致しない。いやいや、それは失礼か。
「あ、はい。一之瀬隼人さんですね。私は南愛といいます」
「南愛さんですか、それじゃあよろしくお願いします」
お互いに自己紹介をしたものの、メールアドレスは登録してくれていたはずだ。
「ちなみに、電話帳には何て入れてたんですか?」
「僕は「カフェの女性」と入れておきました」
「あ、一緒です。私も「カフェの男性」と入れていました。ふふっ偶然ですね」
同じ思考をしていたんだと思うとちょっと面白い。
「さ、行きましょう」
そう言って私たちは初デート(?)へと向かっていった。
そこからは、少し不思議な雰囲気に包まれた。
水族館に行く道中、一之瀬さんはさりげなく車道側を歩いてくれる。交差点で二人の位置を入れ替える動作も自然で、一瞬、入れ替わったのに気づかなかった。それほど完璧な動作だった。
エスカレーターに私が乗ると、彼が下の段に乗る。それはあまりに自然な動作で、彼が初めから下に乗ろうと思っていたのか分からなかった。むむむ……これは難敵だ。
チケットは二人で3,000円だった。彼がお金を払うと
「1,000円だけ出してくれますか」
彼は少し多めに払おうとする。相場も完璧だ。しかし今日は初デートだし、そんなに気を遣ってもらう必要はない。
「いえいえ、ちゃんと1,500円払います。私もこう見えてバリバリの社会人なんでね」
きちんと割り勘にしてもらった。
「わあ、たくさんいる」
水族館に入ると同時に巨大な水槽が目に入り、そこにはたくさんのお魚さんが泳いでいた。それに加えて大勢の人もいた。
「たくさん人がいますねえ」
「休日ですから」
人にぶつかりそうになるとさっと手を引いてくれる。
「うーん、少し見えにくいなあ」
「こっちが空いていますよ」
魚が見えにくいなあと思うと、自然な力で背中を押して見えやすい位置に移動してくれる。
「わあ、可愛いですね」
細長い魚、大きな魚、平べったい魚、たくさんのお魚さんが泳ぐ水槽はとてもきれいで、海のかわいさを凝縮した箱のようだった。
「本当にきれいですね」
意外と上から聞こえてくる声に振り向くと、思っていたより背が高い彼の不細工な顔が見えた。
(あ……私の頭の位置に一之瀬さんのあごがある)
見下ろす視線に一瞬胸がキュッとした。なんだろうこの気持ち。
イルカショー、アシカショーを見るとき、一之瀬さんが
「一番前に行きましょうか」
と言ってきた。
「? いいですよ」
イルカがダイナミックな動きで次々とジャンプを決め、アシカが様々な芸を見せてくれる。
「おお」
「おお」
二人ともさっきからそれしか言っていない。急にボキャ貧になった二人。
ショーのクライマックス、イルカが最高のジャンプを見せると、ドパーンと大きな音を立てて、水しぶきが私たちのほうに飛んできた。
「わあ! びしょぬれじゃないですか! 一之瀬さんのせいですよ」
「たまたまですよ、たまたま」
「あはははは、でも楽しい!」
びしょぬれになりながら二人で笑う。ハプニングがあるからこそ、心底楽しめた。
お手洗いに行きたいなあと思えば彼のほうから
「すみません。少しお手洗いに行きたいので」
と言ってくれる。私も
「あ、私も行ってきます。じゃあ出たところで待っていてください」
と自然に言うことができた。
「クラゲ綺麗ですね。すごく幻想的」
暗い水槽で光に照らされた色とりどりのクラゲがふわふわ浮かんでいる。彼の背中に添える手のおかげで私は今も絶好のポイントで見ることができている。
「そうですね、いろんな色のクラゲがいるんですね。ちなみにクラゲは漢字で海に月で「海月」と書くんですが、子供に海月と名付けてしまう親もいるらしいですよ」
「えー最低な親ですね。でもクラゲちゃんって可愛いですね」
「意外といいかもしれませんね」
さりげなくウンチクも話してくれる。彼との話は面白くてとても新鮮だ。




