仮面舞踏会
柏原様の屋敷で業務用冷蔵庫の掃除をしていると
「はあ」
業務中にもかかわらずため息をついてしまう。
「あら、どうしたんですか、ため息なんかついて」
ちょうど偶然居合わせた柏原様に聞かれてしまったようだ。
「いえいえ、大したことじゃないんですけど。ちょっとプライベートでやっかいなことがあって」
前世ではこんな彼女いなかったから、俺もちょっとまいっている。どちらかというと女の子は男のアプローチを待っているものだと思っていた。……というか本当にあいつは俺の彼女なんだろうか。
「ふーん、何だかストレスがたまっているみたいね。それでは気分転換でもしませんか」
そう言って差し出されたのは、招待状だった。表紙に仮面舞踏会とある。
中身を読んでみると、ここ柏原様のお屋敷で仮面舞踏会が開催されることになったと書いてある。
「一之瀬さんもこの舞踏会に参加してください。その日の業務は舞踏会だけで構いません」
しかし、舞踏会なんか今まで行ったことがなく、社交ダンスも三日坊主で辞めた俺に、ダンスが踊れるだろうか。
「あまり貴族の作法を知らないのでご迷惑をおかけすると思いますが」
「私のそばにいればいいんだから作法なんて気にする必要はないわ。その顔面も仮面をつけているから大丈夫よ。」
いや、ほら、オーラがね? 不細工なオーラがね?
「仮面が外れたりはしないんですか?」
「接着剤で顔にくっつけてあげましょうか?」
やめて。
柏原様になんだかんだ説得されて、仮面舞踏会に参加することになった。
当日、屋敷はいつもより華やかに彩られ、豪華絢爛という言葉を体現するかのように、照明、壁、床、天井に至るまで様々な飾りつけがされた。
「うわ、すげえ」
思わず感嘆の声が漏れる。平民丸出しだ。
続々とやってきた参加者は、一目で俺と別世界の人間だと判別できた。どの人もきらびやかな服に、派手な仮面をつけて、お互いの華やかさを競っている。仮面に孔雀の羽を二十本くらい生やしている人もいた。まるで参勤交代の大名行列だな。
俺は仮面舞踏会の間、基本的に柏原の隣にいて、くっつき虫のように離れないでいた。
俺としては、他に知っている人がいないから、という単純な理由だった。
「ねえねえ、一之瀬さん」
しかし、柏原様が腕を組んだり話しかけたりしてくるせいで、周りの男の嫉妬の目線が突き刺さる。
他の男性からの目線が痛い俺は、常にスキルを発動させて、アシストに専念することにした。
ドリンクをこぼしてしまいそうになると、近づいてコップを支える。
「あら、ありがとう」
欲しい果物があれば持って行ってさしあげる。
「ちょうどマンゴスチンが欲しかったの。嬉しいわ」
ダンスを踊った後で汗をかいていれば薄手のハンカチを渡す。
「おしゃれなハンカチですね。洗ってお返ししますね」
そんなことをしていると
「あなたは優しいんですね」
「一緒に踊りませんか」
「このお召し物はどちらでお買いになられたんですか?」
モテモテになった。
周りの男の目線がさらに厳しさを増す。
なんでこうなった。
「皆さん今日はお越しいただきありがとうございます。そちらの男は柏原の男ですので、手を出すと一家没落しますわよ」
しかし柏原様の宣言により、ささっとモーゼの奇跡のように人の波が割れ、誰も手を出そうとはせず、あらあらうふふ、といった笑いだけが後に残った。やっとさくらさんにもお相手が、と言っている女性もいるが、俺は伴侶ではありません、ペットです。
柏原様、正体ばらしたら仮面の意味ないじゃん。




