天国へ
デートを満喫した私たちは、二件目へと繰り出すことになった。
「先輩、次はどこに行きたいですか? 何か食べたいものありますか?」
「も、もう食べ物はいいかな。……おえ」
さっきのお店ではすごい勢いでバーニャカウダを食べるものだから、私も驚いたな。先輩、野菜が好きなのかな。
食べ物はいい、ということは
「分かりました、おしゃれなバーで一杯ひっかけるんですね。行きましょう」
先輩の手を引いて飲み屋が立ち並ぶ繁華街を歩く。もちろん手は恋人つなぎだ。
でもでも、暗いバーだと先輩の顔がよく見えないから嫌だなあ。ああ、ネオンサインに照らされた先輩は相変わらずかっこいい。独創的な顔だよね。
ん? 待てよ? 薄暗いバーで二人っきり? キャー! 告白? 告白されるの私?
私は高ぶる興奮を抑え、近くにあるおしゃれなバーに入った。
メニュー表を眺める。カシスオレンジ、ジントニックなどの定番から、モヒート、サングリアなどのおしゃれなものまである。
あ、カルーアミルクがある。これ美味しいんだよなあ。うーん……でも、ちょっと子供っぽいかもしれないな。先輩に幻滅されちゃうかもしれないし、やめておこう。カロリーも高そうだし。
「先輩はお酒強いんですか?」
「うーん、どうだろうな。あまり酔いつぶれたことはないかな」
「へー結構強いんですね」
先ほどまで恥ずかしがっていた先輩も徐々に慣れてきたのかきちんと会話に答えてくれる。これは……告白まで秒読み!?
あれ、何だろうこれ。スコーピオン、マティーニ、度数50?
「先輩、先輩、このスコーピオンってのにしましょ」
そう言うと私は先輩の意見を聞く前に店員さんにオーダーを告げた。
「うおっすごいアルコール臭だね。飲めるかな」
「先輩はお酒強いから大丈夫ですよ、これくらい大丈夫ですよ。ささ、一気、一気」
「一気!?」
一気、一気、その声に押され、先輩はスコーピオンを飲み干してしまった。
「ぷはぁ」
「わー、すごいです」
パチパチパチと拍手をすると先輩が照れたように笑う。なんだこの慣れた感じ。見え隠れする女の陰にちょっといらっとした。
すかさず先輩のグラスと私のグラスを交換する。
「ささ、まだ残ってますよ、先輩」
「ええ?」
そしておかわりをオーダーしておくのも忘れない。次はマティーニを頼もう。
「おい、はしもとぉ。お前、俺の物を盗んだだろう? 観念しやがれぇ」
ダメだ、先輩は酔っ払っている。なんでだろう、私がスコーピオンを5杯飲ませたからかなあ、それともマティーニを10杯くらい飲ませたからかなあ。だって先輩止まらないんだもん。
一気にお酒を飲み干す先輩はすごくかっこよかった。まさに漢の中の漢……!
「おおぃ、どうなんだぁ」
「ゴミは遺留物ですから、窃盗罪にはなりませんよ?」
「ああん? 難しいことは分からねえよぉ」
ベロンベロンな先輩もかっこいい……!
「そうだ、シーツと皿があるじゃねえか。それは窃盗罪だろうがよ」
「え、何のことですか? はて、それは勘違いでは?」
「ん、そうなのか? あれ、そうか、そうだったのか」
先輩が混乱している。
よし、この混乱につけこむか。
腕を組んで私の武器を押し当てる。先輩の真っ赤な顔がさらに真っ赤になる。ふふふ、完全に警戒心が解けてますね。
「先輩、今からホテルに行くか、今後、私と付き合うか、選んでください」
「え、なに? ホ、ホテル!? だめだよ、そ――」
「分かりました。じゃあ、これからよろしくお願いしますね。隼人さん」
「うえ?」
「ほら、彼女なんだから、かおる、って呼んでください。」
「か、かおるちゃん……」
「ふふふ」
腕を組んで隼人さんを見つめる。今度は絶対に逃がしませんからね。
(コメント) おいでませ!
専門分野なのでちょっと解説をば
かおるちゃんの言うとおり捨てられたゴミをくすねたとしても窃盗罪にはなりませんが、これには例外があります。会社やマンションなどで厳重にゴミの管理をしている場合などです。
ちなみに、警察の方は被疑者の家を捜索する令状(捜索差押令状といいます)が取れない場合は、公道に出されたゴミを持ち帰って犯罪の証拠を探すということをよく行っています。難しい言葉で領置(刑訴法221条)といいます。
もちろん検察もよくゴミと思える紙くずを精査します。その中に犯罪を解明する証拠が眠っていることも多いです。専門用語で「ぶつよみ」といいます。
以上、刑事法に詳しいおじいちゃんの解説でした。




