優しさに包まれて
朝日が差し込む部屋で目を覚ます。
「ふあー」
眠り眼をこすりながら、あくびをする。今日もいい朝だ。
先輩の香りに包まれて私は目覚める。
いま使っている布団カバーは先輩の家からお借りしてきたものだ。ついでに先輩の布団にくるまって私のにおいを残しておいた。
着ているシャツはいわゆる「彼シャツ」というやつだ。寝ぼけたまま、シャツを嗅ぐ。くんくん。
「むふふ」
私の大好きなにおいがして、思わずにやけてしまう。
体を起こした私は洗面台に行くと、先輩の歯ブラシで歯を磨き、先輩のタオルで顔をふく。これらは先輩のマンションのゴミ捨て場から拝借した。
それを捨てるんなんてとんでもない!
「いただきます」
朝ご飯を作ると、先輩の家に忍び込んでお借りした先輩の箸、茶碗、お皿で朝ご飯を食べる。もちろんお借りしたときに表面は舐めとっている。
今日も私は一日中先輩に包まれている。
出勤すると先輩と会う。
「おはようございます!」
「……ああ、おはよう」
満面の笑みを浮かべた私と無表情の先輩、傍から見れば少しそっけない感じに見えるかもしれない。
でもね、分かってるんですよ。本当はもっと仲良くイチャイチャラブラブしたいんですよね。私はいつでもウェルカムですから。
いつでもデートに誘われてもいいようにオシャレで胸を強調する服も着てきている。まあ仕事になれば警備服に着替えるのだけれど。
お昼休憩の時、先輩は座り込んでコンビニのおにぎりとお茶を飲んでいる。たまたま荷物置場に背を向けていた。
荷物置場には、先輩のカバンがあり、タオルがかけられている。
私は大好きな匂いの根源をじっと見つめてしまう。
(はあ、はあ、我慢、我慢よ)
至宝を前にして忍耐力を試されている。欲しいなあ、でもばれるかもしれないなあ。
「おっと」
涎が垂れそうになる。危ない危ない。
(はあ、はあ)
なぜか息が荒い。どうしてこんなに苦しいんだろう。
きっと私が一之瀬さんを好きだから苦しんだ。ということは、この苦しみは恋心なのか。
恋、こい、来い、ああ、あのタオルが私を呼んでいる。自然と私の足はタオルへと向かっていった。
何を我慢しているんだ。よく考えたら我慢する必要はないんじゃないか? だって私と先輩は好き好きどうしなんだよ? 先輩のタオルが私と共用と言っても過言ではないはずだよね。
鎖などいらない。
私は自制心を解放する。
ガバッとタオルをもぎとり、素早く先輩から見えない位置に移動する。
「スーハー、スーハー、クンカクンカ」
ああ、なんて甘美な香りなんだ。先輩の汁を吸い込んだ布は何物にも代えがたい。
この香りを嗅ぐことが許されている私は何て幸せなんだろう。
もっともっと先輩に近づきたい。自分のものとなったタオルに頬ずりしながら私はそんなことを考えた。
このとき、私は自分の行動が取返しのつかないところまで来ていることに気付いていなかった。




