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一之瀬の欠点

 一之瀬に抱かれたまま、涙目の橋本の懇願は続く。

「先輩になら抱かれてもいいって思ったからホテルに誘ったんです。キスもしたいんです。おっぱいも触られてもいいって、本気で思っているんです」

 ほら。そう言って彼女は胸元を大きく広げる。ベールに覆われていた誘惑の谷間がその姿を現す。数多あまたの男性を落としうる谷間が。

「……」

 しかし、一之瀬の警戒心は高まるばかりだった。


 ほら先輩になら、そう言った彼女は一之瀬の手を自分の胸元へと持って行く。

 豊満な膨らみに触れそうになった瞬間

「やめてくれ」

 一之瀬は思わず手を引いた。

 この場合に彼女の行動は逆効果になっていた。信じてもらえない状況で過激な行動をとったことによって、彼はより警戒するようになってしまったのだ。


 突き放すように一之瀬が肩を押すと、絶望に染まりきった顔をした橋本が、一度一之瀬から離れる。

「し、信じてくれないんですか?」

「ああ」

 彼の心は北極の氷よりも固まっていた。


 突き放す彼の言葉に、橋本は胸が締め付けられるような感覚に陥る。好きじゃないと言われるならまだよかった、しかし一之瀬は自分の気持ちに素直に向き合ってくれないのだ。

 残酷な結末に、自然と涙がこぼれた。


「ほ、ほんと˝、に、ほんどにわだしはせんぱいのこ、ことが」

 橋本はグスッグスッと涙ぐみ、目をこするそのさまは小動物を想起させるものであった。


 その様子があまりにかわいそうで、一之瀬は思わずスキルを発動し、とっさに手元に抱き寄せ背中をでてしまう。つい先ほど彼女を突き放した自分の行動との矛盾に顔をしかめながら。

 彼に温かく抱擁された橋本は上目づかいで一之瀬に問いかける。

「私のことが嫌いなんですか? じゃあ何でそんなに優しくするんですか?」


 一之瀬には欠点がある。女性に嫌いとはっきり言わない、いや、言えない。そして困った女性を放っておけない。お人よしともいえるが、これが彼の欠点である。可能性がない場合には、長い目で見れば突き放してくれたほうが女性の幸せとなることもあるのだ。残酷な優しさを身につけてしまった彼は、その恐ろしさに気付くことなく彼女に狂気を注いでいく。


「いや、君のことは嫌いではないよ。後輩としては好きだよ」

 最悪の選択肢であった。

 じゃあ可能性はあるのか? そう勘違いさせてしまう言葉である。もし一之瀬が女であれば「魔性の女」というあだ名がついたに違いない。


 彼のこの対応が、激烈な化学反応を起こす。

(ああ、そうか。本当は私のことが好きで、照れているだけなんだ)

 一之瀬の腕の中で橋本薫はそう思い込むようになっていった。

 以前の職場でのストレスは仕事を辞めれば解消できた。しかし、今のストレスの根本は「一之瀬隼人が自分の気持ちにきちんと向き合ってくれないこと」である。一之瀬のそばにいて、そして、空想の世界に入ることでしかストレスを解消できなくなってしまった。そして、ここでの心境の変化が、彼女の性格をいびつに変えていく。



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