届かない思い
4章が始まりました。いつも読んでくださりありがとうございます。
最初の二話だけ三人称で書かせていただいております。ご容赦ください。
「はあ」
部屋にため息が渦巻く。橋本薫は目に見えて落ち込んでいた。
「先輩とおしゃべりしたいなあ」
あの事件以来、二人はよそよそしい。今までは後輩として接してくれていた一之瀬だったが、今では業務連絡以外で橋本に話しかけることはない。
「はあ」
今日何度目か分からないため息をつく。あんなことを言った手前、自分から話しかけるのも恥ずかしい。橋本はふさぎ込んでいた。
「告白はしたの?」
以前、ヤケ酒につきあってくれた友達の言葉が思い出される。よく考えてみると告白していないのにホテルに誘っていた自分自身に嫌気がさして
「はあ」
ため息を重ねてしまう。
「告白かあ」
あれからも彼女の思いが消えることはなかった。いや、あの事件で正確には失恋したわけではなかったからこそ、一日中一之瀬のことを考えている今のほうがその思いは強まっているといっていい。
この思いを解消する手段は一つしかないことに橋本自身気づいていた。
仕事終わり、きっとこれ以上関係が悪くなることはないだろうと橋本は開き直る。
「一之瀬さん」
「……なに」
胸が苦しい、でも言うしかない。彼女の決心が固まった瞬間である。
「一之瀬さんのことが好きです。付き合ってください」
「……そういう冗談はやめてくれ」
しかし、その言葉は彼に届かない。
「冗談じゃありません。本当に先輩が好きなんです、一人の男として」
「それはありえない」
「……何でですか。何で! どうして分かるんですか! 先輩に私の気持ちなんて分からない!」
思わず激昂する橋本に一之瀬はあくまで冷静に答える。
「分かるんだよ」
一之瀬は前世でかなりのイケメンだった。しかし、実際に女性を落とすには、仲良くなり、デートに誘い、高い服を選び、髪や顔をセットして、女性の好きなレストランやケーキの店に連れて行き、おしゃれなバーで告白する、というものすごい労力を要していた。自然、彼は考える。
「俺と君が一緒にいたのは、むさい警備の仕事で、しかも俺はダサい警備服に、ぼさぼさの髪、マスク、極め付きは不細工な顔だ。デートにも行ったことがない。何かプレゼントしたわけでもない。それなのに君が俺を好きになることはない、絶対にね」
そう、現世のあまりの嫌われっぷり、イジメられた経験、からかわれた経験と比較して、経験上ありえないと考えていたのだ。もっとも、前世ではそこまでしなくても、というか会った時点で女が落ちていたことを彼は知らない。その後のデートなど告白の飾りつけにすぎない。
もちろん前世など知らない薫は納得できない。
「私は、先輩の、優しいところが好きになったんです! いつも仕事で優しくしてくれるところ! 気を使ってくれるところ! 何か分かんないけど私が困っているのを見抜いてしまうところ! そういうところが好きなんです!」
そう言って泣きながら抱き着こうとする橋本を、つい一之瀬は迎え入れ背中を撫でてしまう。前世で染みついた習性はなかなかとれないものだ。
彼の行動を褒め称える声は大きいだろう。男の鑑だと。だが、この反応はむしろ彼の欠点であるともいえる。




