オアシス
「もう最悪」
今日も彼氏とけんかをした。顔をあわせる度にけんかをしている。たまに機嫌が良いときもあるのが逆に神経を不安定にさせていた。
「最悪だ」
けんかの内容もひどい。今日は彼氏に浮気をされたことが発覚したことからだった。問い詰めるとただのセフレと寝ただけだろうが、と開き直られ、殴られた。
もう精神的に疲労困憊だ。頭痛やめまいもする。しかも生理前で余計にイライラする。
「はあ……」
何で私、こんなやつと付き合ってまだ別れてないんだろう。
顔を見る度に思うのだ。かっこいいくせに最低な性格だなって。
そのとき、よく通うカフェであの不細工な男をみかけた。以前、財布を拾ってくれた男だ。もうろうとした意識のせいだろうか、気づけばフラフラと彼の向かい側に座っていた。
彼は何も言わない。私はじっと彼を見つめる。顔の上半分だけでも不細工だ。無言の沈黙が続く。何か言ったほうがいいのだろうか。
ふと私は試してみたくなった。少し疲れていたのかもしれない。もしここで彼にコーヒーをおごってくれと頼めば、そして本当におごってくれたら、私はどう感じるのだろうか。
「すみません、相談があるんですけど」
「はい」
「その前に一杯コーヒーおごってくれませんか?」
しばらく逡巡した後、彼は
「分かりました」
了承してくれた。
このときはまだ自分の心に何か動きは感じられなかった。
コーヒーを飲んだ瞬間、舌がとろけそうになる。ほとんど初対面のはずなのに、砂糖、ミルク、はちみつの加減が完璧に私の好みにマッチしていた。ほっぺたが落ちそうだ。甘くて苦い私の大好きな味に、先ほどまでの荒んだ心が和らいでいく。
彼と少し話をした。怒るのでもなく、笑うのでもなく、彼はきちんと受け答えをしてくれる。
「もしかして、その両極端の二人に告白されているんですか」
告白? 今の彼氏と、あなた……にはまだ告白されていないですけど、まあ
「……まあ、そんなところです」
適当に答えておいた。
話をしているうちに、少しずつ私は自分の心情に気付いた。
ああ、こういう人と話すと、こんなに穏やかな気持ちになるのか。
「そういった人がいると心が救われるというか、安心できますね。俺は嬉しいです」
胸がチクリとした。なんだろうこの気持ちは。
「女性ですか?」
「? いえ、男です」
胸がキュッする。でも苦しくない。
いつもと違う自分のこころに笑いそうになってしまう。私ってこんなにたくさんの感情を持っていたんだな。
席を立つ時
「またご一緒させてください」
気がつけばその言葉が出ていた。
南愛さんはまだまだ陥落しません。




