ピザと肘
仕方ない、ただ背中を洗うだけだ。うん、やましいことなど一つもない。
俺は覚悟を決めて彼女の背中を洗うことにした。
「柏原様、スポンジはどこでしょうか」
なぜここのお風呂にはタオルやスポンジがないんだろう?
「ここにあるじゃないですか、ここに」
そう言って柏原様が指差したのは、俺の手のひらだった
俺は自分の両手を見つめる。
「……」
冗談だよな?
「さ、お願いします」
そう言って彼女はイスに座り、俺に背中を向ける。
どうやら冗談じゃないらしい。
俺も後ろに座るように椅子に腰かけ、柏原様にお湯をかけた後、手にボディーソープをつけて泡立てた。「いやん、水責めですか」という声が聞こえたが無視する。
「それでは失礼します」
無心だ、無心。
スキルを発動させて、さわさわとゆっくり背中を撫でる。まずは背中全体を洗い、その後は肩から首、腰のあたりも入念に揉んで洗う。特に肩甲骨をグリグリされるのがお好きなようだ。あ、そこ、と甘美な声が浴場に広がる。
触ってみて分かったことだが、雪のような見た目に違わずまるで絹のようにしとやかな肌をしている。毎日メイドに手で洗わせているんだろう。スベスベした肌に手が吸い付いていく。
「ふう……気持ちいいですわ」
お嬢様もご満悦のようだ。
「さて、前も――」
「駄目です」
そこは背中ではない。
「え?」
何だその俺が急に変なことを言い出したみたいな顔は。
「ああ、一之瀬さんは知らなかったわね。私の背中は人より広いのよ。胸も背中の一部分だから」
「それは無理があります」
どういう論理だよ。
「じゃあおっぱいって十回言ってみて」
「おっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱい」
「ほら今せなかって――」
「言ってません」
それはピザと膝と肘の理論だろ。
「じゃあお尻って十回言ってみて」
「おしりおしりおしりおしりおしりおしりおしりおしりおしりおしり」
「ほら今おしりって――」
「背中はどこに行ったんですか」
一歩言葉を間違えれば奈落の底へと続く綱渡りだ。




