美人局
今日の橋本さんはいつもと少し違っていた。
仕事中から少し変だな、とは思っていた。じっとこちらを見てくるのだ。
仕事終わり、俺の予感は確信へと変わる。
「父に男性もののプレゼントを渡したいんですけど、女一人では価値観が分からないので、どうしても男性と一緒に見てアドバイスが欲しいんです。どうかお願いします、一緒についてきてください」
あまりにスラスラ言われたその言葉は、まるで練習していたかのようだっだ。
「ああ、もちろんいいよ」
こういうときは、断るほうが角が立つ。さっと行ってさっと帰るほうがよい。
その後、ネクタイコーナーではネクタイをほったらかしにして首を触ってきた。ちょっと反応に困っていると、彼女が一瞬クラッとした。少し心配したが、ギラギラした目をしていたので大丈夫だろう。
歩くときに手がぶつけられると、冷や汗をかいた。汚物に触れたような反応をされたらどうしようと、ハラハラしていたのだ。かなりの勢いでわざとぶつけてくるものだから、嫌われてるのかなとも思った。手をぶつけると彼女はニヤニヤ笑っていた。理解できない表情だった。
誘い文句も変だ。カラオケに価値観って必要なんだろうか。カラオケに入ると俺の持つ予約の機械、というか、股間のあたりをやたらと視られた。一体なんなんだ?
カラオケは楽しかったが、帰る時になって彼女が発したのは意味不明な言葉だった。
「こ、こ、このあとお時間ありますか? こ、今度合コンに行くんですけど、お父さんとホテルにも行くと思うんですね。女一人では価値観が分からないので、どうしても男性と一緒に行ってみてアドバイスが欲しいんです。どうかお願いします、一緒についてきてください」
合コンでお父さんとホテル?
スキルを発動すると「終電を逃し、ホテルに行く」と見えた。
どうやら本当にホテルに行きたいらしい。俺は練習台ということか?
「そういうのは本当に好きな人と行くべきだよ。じゃあね」
おそらく、美人局で俺から金でも巻き上げようという魂胆なのだろう。女性と二人きりの時点でおかしいと思っていたのだ。今日の彼女の行動を振り返ると、ここで警戒されないために、嫌々ながら楽しいふりをしていたと考えれば納得できる。
楽しいと思っていたのは俺の一人よがりだったのか。
女性にからかわれるのに慣れてはいるものの、少し悲しくなりながら俺は目の前のタクシーで帰った。




