戦いの火蓋
仕事終わり、勇気を振り絞って
「一之瀬さん!」
「うん?」
「父に男性もののプレゼントを渡したいんですけど、女一人では価値観が分からないので、どうしても男性と一緒に見てアドバイスが欲しいんです。どうかお願いします、一緒についてきてください」
家で二百回以上練習した台詞を言った。男の人をデートに誘うなんて人生でも初めての経験だ。返事が来るまでの間、永遠にも思える一瞬が過ぎる。
「ああ、もちろんいいよ」
マスクの上の不細工な目がニコッと笑い、先輩は快く承諾する。
やった! これでこの戦いは私の勝ちだ! きちんとお昼休憩で銭湯に行って体も洗って、下着も綺麗なものにしている!
このとき私は舞い上がっていた。
早速、二人で近くの繁華街にある紳士服のお店に入る。
「先輩なら、どんなものが欲しいですか?」
いつかプレゼントしてあげますからね、という台詞は飲み込む。
「うーん、そうだな。ネクタイ、ネクタイピン、ソックスなんかは嬉しいんじゃないかな」
「ふむふむ、なるほど。さすが先輩です」
「いやいや、これくらい誰でも思いつくよ」
友達に「ほめるべし。男は武勇伝を語りたがるものよ!」と言われた。先輩が武勇伝なんか話したことないけど、とりあえずほめておく。
ネクタイコーナーにさしかかった、そのとき、天啓がひらめいた。
「ちょっとお父さんにつける練習がしたいので、先輩で練習していいですか」
「ええ? 俺にネクタイをつけるってこと?」
「……駄目ですか?」
上目づかいで見つめる。「小悪魔の道具は上目づかいとアヒル口よ!」と言われ、アヒル口は何百回練習してもできなかった。せめてこの上目づかいで……
「うーん……まあ、いいよ。マネキンになろう」
それは好き放題していい、ということですか? ムッフー。
焦る気持ちを抑え
「ありがとうございます。それでは少し失礼します」
ネクタイを首にかける。しかし、男の人にネクタイなどしたことがない。やり方が分からず、わさわさしていると、先輩が身悶える。
「あはは、ちょっとくすぐったいよ」
あ、駄目だ。鼻血でそう。
肌を通してすぐそばにいる、いつもと違うちょっとかわいい先輩にクラクラする。
デートってこんなに幸せなんだな。私は今日ほど女性としての喜びを感じたことはない。
※一之瀬はデートだと思っていません。




