02
夜の闇が迫る夕焼けの空の下、坂だらけの住宅街の中に窮屈そうに建っている寂れていそうな教会の前に芳樹は立っていた。
何故、芳樹は教会に来たかというと今朝、珍しい人物に手渡しで郵送された一枚の葉書に呼び出されたからだった。
それは今朝のことだった。芳樹が就職を機に借りた築年10年くらいの生活感がないワンルームに呼鈴の嵐が巻き起こった。
ピンポーン。
「う…。あ、朝から…何だ。まだ、5時半か。」
ピンポーン。
芳樹は二度寝の体制に入ろうとしたが、
ピンポンッ、ピンポンッ、ピンポンッ、ピンポンッ、ピンポンッ、ピンポンッ、ピンポンッ、ピンポンッ、ピッ、バンッ、
「うっっさいわぁあ!誰だ、朝から近所迷惑だろうが、…あ、何だ何のようだ?宏樹。」
まだ、寝起きで開かない目をこすりながら勢いよく玄関のドアを開けると芳樹によく似たダークブラウンの髪にアーモンド型の茶色の瞳を持った学ラン姿の男子が立っていた。
「よ、兄ちゃん。おはよう。」
「…はよう。で、何でここに来たんだ?取り敢えず、中に入れ。」
「うん。お邪魔しま〜、あだっ!」
芳樹は早朝から突然やって来た弟・宏樹を部屋の中に招き入れようとしたが、宏樹は玄関のドアを潜ってすぐにあるカーテンレールで頭を打った。
「あーあ。何やってんだよ、ってか、相変わらずデカイなお前。また伸びたんじゃないのか?」
「あー、痛。うん、今186cmだよ。」
「親父も母さんも親戚もそんなにデカくないのに何で、お前だけデカくなるんだ?何食ったらそんなにデカくなるんだ。」(う、俺より15cmも…)芳樹はため息をつきながら頭を打った宏樹を部屋の中へ招き入れた。
宏樹は打った頭をさすりながら部屋に入って座布団の上に座って「はい、これ。」と一枚の葉書を机の向こう側に座った芳樹に差し出した。
「何だ、これ?」
芳樹は葉書を受け取り、天井の照明に透かしながら見たその葉書には、何回も書いては消してを繰り返した跡が有り、子供が書いたような汚い字でこう綴られていた。
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み来のおれへ
12年後の今日、教会に行くように。いじょう!
PS.午後6時に集合するように!
へいせいXX年3月23日 上高よしき
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読み終わった葉書をひらひらさせながら芳樹は
「…何だ、これ。12年前の俺の手紙か?3月23日って今日じゃねぇか!」
「うん、昨日家に帰ったらポストに入っていたんだ。ねぇ、今日教会に行って何するの?」
「それは、俺が知りたい。全く覚えてないなぁ。それに面倒くさいから、行くのはやめとこう。しんどいし…。」
「いやいや、行きなよ。面倒くさがり過ぎだよ。何か大切な用事かもしれないし。」(相変わらず、何でも面倒くさがるなぁ…。)
「だって、12年前の俺だよ?どうせしょうも無いことしか考えてないだろう。」
宏樹は拳を握り、声を張り上げて「そんなことないよ!あの頃の兄ちゃんは、いろんなことに一生懸命で全力疾走してたじゃん!凄かったじゃん、今みたいに脱力系でダラダラして無かったし!」
「な、失礼な…。大人になったらいろいろあるんだよ、いろいろ。お前もその内分かるよ。」
「いいから、行って来なよ。じゃないと…」
「じゃないと?何?」
「毎日、朝ここに来てピンポンダッシュする。」
「…それはやめてください。はぁ、分かった。行ってくる。」
「絶対だよ。やっぱ、止めたとか無しだから!」
「行くってば。でも、何処の教会だ?」(ったく。なんで、そんな必死なんだよ…。)
「ほら、昔子ども会かなんか入っていて土曜日に行っていたあそこじゃない?」
「あー、あそこか。よく行ったなぁ…、なんで行かなくなったんだっけ?」
「さあ?多分、昔住んでいた団地が潰れてからだと思う。」
「ま、何でもいっか。お前、朝飯は?」
「食べたよ。あ、もうこんな時間だから行くよ。進路相談もして欲しかったけど…、また今度お願いするよ。」と言い残し、宏樹は立ち上がり芳樹の家を出て行った。