六日目
「あと一日、」
ぽつり、と口から出てきた言葉が想像以上に悲しみを含んでいて、僕は自嘲的な笑いを浮かべた。彼と過ごした六日間。とても、楽しかった。まあ、あと五分後に七日目に到達するわけだけど。
十一時五十五分。
彼の枕元にて。
ぽつぽつ、とボイスレコーダーにそんな言葉を吹き込んでいく。報告書、というやつだ。まったく、社会人というのは本当に面倒だ。報告書だなんて、これから何に役立てるのやら。
彼は、僕の気に当てられたか、丸々二日寝込んでいたとは思えないほど、元気だった。よく分からないが、彼は布団を天日干しにするのが大好きらしい。にやにやとお日様の匂いがする、と布団に擦り寄っていた。
今日の彼の行動を呟いてみて、そんな昼間の彼を思い出す。彼の頬を緩めた時の顔といったら、まったく、同じ顔になっている僕には真似できないほどの癒しになる。
やっと僕との生活に彼は慣れてきたらしい。
と、ボイスレコーダー呟いてから、謎の達成感がこみ上げてくる。やっと、彼は、目覚めてすぐ、自分と同じ顔を見ても驚かなくなった。それどころか、「おはよう」と微笑んでくれるようになった。
あと三分で七日目に突入する。
つまり、一週間の彼への観察と、執行猶予は終了する。僕は、彼が目覚めたら本当のことを告げて、彼とお別れして、僕の仕事は終わりだ。
帰ったら、母に抱きつこう。いや、その前に上司に労いの言葉を一言、二言、かけてもらわないと気がすまない。
僕がどれだけ苦労したのか、きっちり伝えてやろう。こっちの世界に来てから報告書を送って、で、その報告書が届いた、っていう連絡しかしていないから、つまらない。
あの仏頂面の眉間の皺をよらせるのが僕の生きがいだと言うのに。そういえば、彼は元気だろうか。右腕の僕が居ないのだ。少しは寂しさを感じてくれたりしないだろうか。
明日が最終日だという事を彼は、すっかり、忘れているようだ。とりあえず、これで本日の報告は以上です。本日も異常なし。
ピッ、とボイスレコーダーを停止させる。
ボイスレコーダーの光と音が嫌だったのか、彼が眉間に皺を寄せて、布団にもぐりこんだ。
彼には明日、残酷に感じてしまうかもしれない。
その綺麗な顔を歪ませて僕から逃げるかもしれない。
僕を拒否するかもしれない。
そう考えた時にまたしても、自分の眉が八の字になっていることに気づいて、ため息をつく。僕は、こんなのじゃなかった。やっぱり、この顔になった、っていうこともあるだろうけど、彼とともに過ごしてきた、ってことが大きいだろう。
あの上司の隣で鬼のように書類を片付けてきた。社会人になってから、息もつく間もなかったし、こんなにほのぼのと家事をしたり、看病をしたりしたのは本当に久しぶりだった。
だからだ。
だから、きっと、ここに残りたい、だなんていう気持ちは、元の世界に戻ったら消えるはず。
……きっと、
あと、一話、で終わらない予定です(笑)
二話になりそう……。
何だかあれな雰囲気なのでもう一度、言っておきます。
【 BLではありません 】