五日目
朝だ。
僕は、ぱちり、と目を開いて天井を見つめた。いつもの天井。起き上がってみれば、体のだるさは飛んでいっている。すっかり、回復したみたいだ。起き上がるとぽとり、と額に乗せていた布が布団の上に落ちる。すると、僕の膝辺りで眠っていた物体が唸った。
「うぅーん、……もう朝ですかぁ」
「ドッペル……起きろ」
僕がそう声をかけるとドッペルがゆっくりと起き上がって、目をこすった。
「おや、すっかり、元気になったみたいですね。はい、体温計」
ドッペルは、にこにこと微笑むと僕にポケットから体温計を取り出して、手渡した。僕はその体温計を脇に入れて、ふう、とため息をついた。カレンダーを見て、ドッペルが来てから……5日!?
「ドッ、ドッペル!!!
僕ッ、どれぐらい眠ってた!?」
「ええっと、丸々、二日」
ううぇえええええええええええっっっっ、と僕は叫ぶ。
だって、あの日めくりカレンダーは僕の記憶では、二枚もめくられている事になる。なんという事だろう。丸々二日だなんて、風邪にしちゃあ、ひどすぎる。
「すみません。どうやら、僕の影響もあるみたいで……」
「まじかよ……夏休みがもったいないことになってる……あー、遊びに行きたいのになあ」
大きくため息をついて、僕は立ち上がった。ずっと、布団の中だったので、汗だくで気持ち悪い。今日、天気がよかったら、シーツ、洗って、布団を天日干ししよう。
「僕、着替えてくる……ドッペル、学校に電話してたか?」
「あ、はい。もちろんです。従兄弟を置いていけないので、もう少し休みます、って電話しました」
そこでとりあえず、ホッと息をついて、ぱっぱとトレーナーを脱いで、Tシャツにシャツを羽織って、ジーパンという格好に着替えた。せっかくなので、コンビニでアイスでも買いに行こう。これ以上、ドッペルには世話にならない。
「あれ、お出かけですか?」
「ああ、とりあえず、食いモン買って来る。あ、シーツ、洗濯機に入れといて」
「はーい、いってらっしゃい」
***
ドッペルに見送られて家を出る。僕は、ふんふーん、と鼻歌を歌いながら、コンビニへとやってきた。コンビニの入り口付近に学校帰りと見られる委員長がアイスを食べていた。
「あ、」
ガラガラ君を食べていた委員長と目が合う。制服の第二ボタンまであけて、ネクタイを外した彼は、僕を見つけるとぶんぶん、と手を振ってきた。
「おー、久しぶりー。元気だったか?」
僕が近寄って、声をかけると委員長がにこっ、と笑った。相変わらず、可愛い。さらにボタンを外して色っぽさが出ているので、大抵の奴らは興奮ものであろう。男だが。
「うん、っていうか、大丈夫なの? 三日も休んじゃってー、勉強、追いつく?」
委員長の言葉に僕の顔が青ざめる。そういえば、勉強の事をまったく考えていなかった。
「委員長、ノート、見せて……」
「あはは、だと思って、作っておいたんだー」
「えっとねー」と肩にかけていた鞄をあさる。手に持っていたガラガラ君を口に咥えている。水色のガラガラくんの溶けた液が委員長の口をつたって、首を流れていく。なんていうか、色っぽいのだ。まったくもう! けしからん!!
【note*】とマスキングテープに書いて、貼ってある薄緑のノートを手渡される。パラパラとめくってみれば、丁寧に書き込んである。兎の付箋で「ここ大事!」と丸文字で書いてある。なんというか、委員長らしいノートである。
「ありがとー」
「いーえー。ノート代、本体100円、書き込み料200円、合計300円でーす」
「……金か。金が欲しいのかあああっ! はい」
一人で勝手に叫んでから委員長に500円玉を手渡す。すると、委員長の表情が見るからに明るくなった。
「わあいっ、ありがとっ! 200円多くくれるだなんて! 大好きっ」
ぎゅうっと僕に委員長が抱きついてくる。すると、コンビニに入ろうとしていたチャラチャラした三人組がこちらを見ていることに気がついた。僕が不思議に感じると三人組が近寄ってきた。
「おいおい、公共の面前でいちゃついてんじゃねえよー」
チャラチャラした奴らはセオリー通り絡んでくるみたいだ。正直言って、僕は喧嘩は弱い。友達とふざけてやる事はあるけれど、力はないし、センスもないみたいだ。
「あー、どうも。すいませんね、それじゃ、失礼します」
逃げるが勝ちなので委員長の手を取って、そそくさと逃げ出そうとする。すると、ぐんっ、と足が止まった。委員長の片方の手を掴まれているのだ。
「可愛い顔してるなあ、お前。なあ、こいつ、置いていけよ」
金髪ピアスが委員長の顔をまじまじと見た後、そう言う。そうでしょうねえ! だって、委員長、可愛いもん! それはそれは可憐そうに見えるもんね! でも、可憐じゃないんだよ! お手手を離す事をお勧めするよ!
「離せ、外道。五月蝿いんだよ。その下等な口を閉じろ。下等生物が。耳が汚れるだろうが」
ごすっ、
そんな音が無残にも金髪ピアスの顎から響く。まあ、つまり、両手が使えないので膝で思いっきり、(委員長はそんなに力を入れてないのかもしれないが)金髪ピアスの顎を蹴った、ってわけさ。
「ひっ、」
「だ、大丈夫か、お前!」
他の二人に連れられて金髪ピアスは、ずるずるとコンビニの前から姿を消した。……何だかごめんなさい。うちの委員長が。
「あーあ、手が汚れちゃった。僕、もう帰るね。早く、家で手を念入りに消毒するよ」
「あ、うん。じゃあ、僕、コンビニに寄るから。じゃあな」
軽く手を振って、委員長とは別れた。……あれが、委員長の本性である。キレなければ、彼はただのドジっ子なんだけれど。
***
そんなこんなで、僕は昼ご飯を購入して帰った。
その後はなんの問題もなく平和だった。
「お帰りなさい、あなた。僕にする? 俺にする? それとも……わ・た・し?」
……ただ、ドッペルに帰ってすぐにこう言われて、大変不快だったのをここに記そうと思う。
特に何もない日。
ただ、委員長の色っぽさを表現したかっただけ(笑)