四日目
俺・友達
僕・ドッペル
「はよー」
俺が声をかけると友達は、ゼリーを両手に持って、きょとん、とした顔をしていた。
「……おはようございます……?」
友達は、全体的に可愛らしい顔立ちをしている。いや、委員長のようなほぼ、女子、という顔立ちではない。なんというか柔らかい雰囲気の美男子なのだ。
「お前、どうしたんだ、こんな時間にこんな所で」
「はぁ、あなたこそどちら様ですか」
はあ? こいつは、何を言っているのだろう。俺は、眉間に皺を寄せた後、またしても口を開いた。
「え、ちょっと待て。お前、夏休みでボケたのか? 友達の顔、忘れたわけじゃねえよな……?」
俺の言葉にあっ、と言わんばかりに口と目をあけた友達は、しばらくしてから、慌てて声を出した。
「うぇっ、ごめっ、ごめん! うん、ちょっと夏ボケしていたのかもしれない! おま、お前は、ここで何してんの? 学校は?」
すごくわたわたしながら、友達は無理矢理話を逸らした。ちなみに、ポーズとしてはゼリーコーナーの所に立っていた友達の後ろから首だけ俺が出して、話しかけている状態だ。その状態だと顔が近く、友達のまつげの長さがよく分かる。
しかし、俺には腐った女子が興奮するような趣味は持ち合わせていないのでさして、ときめくことなくその状態でずっと、話している。
「登校中にお前が見えたから、話しかけてみたんだけど……何? レトルトおかゆとミネラルウォーター、そして、ゼリー、ときたら誰か風邪でも引いてんの?」
「あー、うん、ちょっとねー」
「あ、そういや、従兄弟が遊びに来てる、つってたな。その子? いくつなわけ?」
「んん……そんな話したっけ? まあ、その子。ええと……僕と同い年、だけど?」
高校生が都会に来てはしゃいで、熱出す、って……、子どもみたいな従兄弟だな……。俺は、困ったように眉を下げた友達の頬をつねった。
「ったぁ!?」
変な声を友達が出したので、蜜柑ゼリーを迷わず取っていったOlさんが不思議そうにこちらを見ていく。俺は、「五月蝿い」と一言言った後、友達の額にでこピンをかました。
「ひどっ!? 酷くない!? もう……あ、ねえ、ゼリー、どっちがいいかな?」
蜜柑と白桃を両手に持った友達は、真剣な顔つきになってそんな事を聞いてきたので、俺は、耐え切れず噴いた。いや、もうこれは、仕方ねえと思う。
「俺は、白桃が好きだけど……従兄弟君はどっちが好きかわかんねえよ」
「んー、じゃあ、白桃にする。ありがと、じゃあ、買って帰ろっと。今、何時だっけ? 大丈夫? 学校」
あ、忘れてた。俺は、そぉっと左腕を見てみると授業開始時間にはとうに間に合わない時間を長針と短針が指している。俺は、フッと一人笑うと友達に宣言した。
「休む」
「あ、不良だー」
友達は、ズボンのポケットから二つ折りの財布を取り出した。そして、蜜柑のゼリーを棚に戻して白桃片手にレジへと歩いていく。
「いいんだよ、もう。どーせ、お前も学校行かねえ癖に」
「僕は仕方ないもんねー」
二人で話しながらレジにいく。友達はやる気のなさそうな店員からビニール袋を受け取り、出口へと足を向ける。俺も、それにつられて出口へと足を運んだ。
あれ? パッと見、これ、俺、友達のストーカー風? ヤバい、ヤバい、変な誤解を受ける。これは、友達と別れておこう。
「あー、俺は何か適当に買っていくから。じゃあな、従兄弟君に宜しく」
自動ドア前で俺が立ち止まると「あ、そう?」と友達は、声を出した後、にやり、と微笑んだ。
「ねえ、従兄弟の性別、知ってる?」
「はあ? 男じゃねえの?」
「女の子。JK。可愛い。あー、幸せな夏だね。じゃあね、ばいばい」
「ちょっちょっちょっちょっちょと待て、お兄さんっ!!??」
びっくりしすぎて赤いスーツのサングラスボーイズのお決まりの言葉を叫んでしまった。おっとと、俺は、コンビニの出入り口だという事を忘れて、立ち止まったまま、すごいため息をついてしまった。
あいつは、相変わらず元気だ。さて、学校になんて言い訳の電話をしようか。
寮生活では出来なかったサボりもいいものだ。
***
「ただいま戻りましたー」
僕が帰ってくるとまだ、彼は眠っていた。すやすや、と少し暑いのか、寝苦しそうだ。僕が乗せていた濡れた布が変なところまで飛んできている。僕は、そっとそれを拾うとまた、水でサッと洗って畳んで彼の頭に乗せた。
「んぅ? どっぺる?」
「ああ、ただいま戻りました」
布を乗せると彼は、ひんやりとした布の感触に反応して目を開けた。ぼんやりとした意識のまま、起き上がる。
「外で、誰かに会わなかった?」
「ええ、コンビニで貴方の友人に話しかけられました」
彼にそう伝えれば、ぎょっと目を見開いて、背筋が伸びる。そして、見る見るうちに火照っていた頬が青ざめていく。僕は、はあ、とため息をついて、ミネラルウォーターのペットボトルを手渡した。
「安心してください、適当に話はあわせておきました。今日は、貴方は従兄弟が熱を出したから、学校を休む、まあ、そんな話になっています。だから、貴方は安心して寝ていてください」
とりあえず、微笑んで見せれば、彼はちょっと疑うような視線を向けた後、ふう、とまた寝転んだ。ミネラルウォーターのペットボトルは、枕元においておくみたいだ。
「何か食べれますか。レトルトですけど、おかゆはありますよ?」
「ん、いー、眠いからぁ……」
彼はそんなことを呟きながら、重たくなってしまった瞼を静かに下ろした。どうやら、もう眠ってしまったようだ。目を閉じてしまえば、綺麗な顔立ちでまるで、眠り姫のようだ。
「はい、おやすみなさい」
布団をかけてやれば、彼は頬を緩めて完全に眠りに入ってしまった。
さて、僕は、報告しなくっちゃ。計画は順調ですよ、って言ったらきっとあの堅物上司も労いの言葉くらいくれるんじゃあなかろうか。人間界に来る、という大実験の実験台になった部下に。