一日目
「ん」
「あ、ありがとうございますー」
とりあえず、色々と尋ねたいので僕は、ドッペルと名乗るのを座らせた。飲み物にコーヒーを出そうとするとドッペルの野郎はコーヒーが苦手だと言い出すので、ココアを出した。
……ちなみに、僕はブラックコーヒーが大好きなので、それを飲むに決まっている。
「……で? どうしてお前と僕が一週間、ここで暮らすようになるんだ?」
「んー? あつっ、えーと、ふぅー、ふぅー、そうですねえ、はっきり言うと留学? 研修? みたいな。僕、学生ですし。これで合格しないと卒業できないんですよねー」
「は? つうか、僕と同じ顔で女子みたいなことするなよ」
「だって、熱いんですもーん」
「……とりあえず、話せ。お前は、誰だ?」
ちびり、ちびりとココアを飲みながら、ドッペルは笑った。……初めて自分の笑顔を見た。いや、ドッペルは僕と同じ顔とはいえど、別人か。
「そのまんまです。異世界から来たゲンガー・ドッペル。
英語だと名前が先に言うみたいだけど、別にこれは、愛称だし、ドッペルでいいですよ」
「ウン。ソッカー、イセカイカラキタンダー、ソレナラボクトオナジカオダッテイウノモナットクダナー」
「ほら、信じられてないじゃないですかー。でも、とりあえず、ここで一緒に同居はします。絶対、一週間きっちり。そうしないと家に帰れませんし。あ、もちろん、家事とかしますよー」
「……パッと聞くとすっげえ、怪しいんだけど……」
「えぇー、そうですか? あ、夜食作って見せますよ! 美味しかったら一週間泊めてください。不味かったら……今日一日だけ泊めてくれますか? どうにか、あっちと連絡取りますから」
「うーん、まあ、厄介事に巻き込まれることなく一週間、家事を同じ顔した人間にしてもらう……?」
そんなこんなで、冷蔵庫を適当に漁って、ドッペルはチャーハンと中華スープを作って見せた。……美味しかった。
僕は、チャーハンをもきゅもきゅと咀嚼しながら、ドッペルに渋々、OKマークを出した。
「わあーいっ、あっちで母さんと練習した甲斐があった! じゃあ、とりあえず、契約してもらっていいですか!」
契約、っていうとすっげえ、ヤバそうに聞こえるのは僕だけだろうか。いや、きっと皆さんもそう思うに決まってる。僕は、チャーハンを飲み込んで、麦茶を一口飲むと微笑んだ。
「やっぱ、無理」
僕の微笑みにドッペルは目を潤ませた。
「ええーっ!? どうしてですか?」
「いやいや、契約はヤバイでしょ!?」
「別にヤバくないですよ! ただ、約束破ると針千本飲まされるだけで!」
「それは、普通にヤベえよ!!」
***
……ドッペルの力がすげえ強かった。無理矢理、組み敷かれて見下ろされた。僕と同じ顔で同じ身長の癖に力は倍ぐらいあった。……いや、単に僕が弱いだけだ。
「契約してくれませんか?」
「……おう」
目を逸らしながら据わった目をしているドッペルに返事をする。
……怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、ってば!!
「じゃあ、仕方ありませんね。痛くてもしりませんけど」
「!?」
ドッペルはナイフで僕の親指の腹を切ったと思うと、見たこともないような字が書き込まれている紙にドッペルに手首をつかまれたまま、無理矢理押された。
「はいっ、じゃあ、一週間、宜しくお願いします!」
僕の拇印が押された途端、紙は消滅し、ニコニコと無邪気に絶対僕がしないような笑顔をドッペルは、浮かべた。
「ハーイ……」
***
「よし、とりあえず、寝る場所ぐらいは確保したいですよねー」
「寝袋あっから、押入れで寝れば?」
「えー、ベッドとかはないんですか? あっ、そっか。うん。この国とは言えば、どら」
「著者権問題とかあるからねー。そんな国民的な青い狸を出すな。まあ、それで納得するんだったらいいんだけどな」
ここのアパートは古いので、クローゼットじゃなくて押入れなのだ。もちろん、フローリングの床じゃなくて畳である。
僕は、押入れから寝袋を取り出し、中に入っていたダンボールを移動させてスペースを作る。よくよく考えると僕と同じ身長のドッペルが入る気がしないが、人の親指を勝手に切るやつなんかは、こんな所で寝て当たり前である。
「ん……ねむ、」
パッと時計を見るともう結構な時間である。健全な小中学生はすっかり寝入っている事であろう丑三つ時だ。たまたま、トイレに行こうと起きたらこいつがいたのだ。よくよく考えるとさっきのチャーハンで結構なお腹いっぱいなわけで。とても、眠たい。
「じゃあ、寝るから。おやすみ、」
「わわっ、おやすみなさいっ」
ドッペルを押入れに突っ込んで、電気を消す。もぞもぞと敷布団の中にもぐりこんで目を閉じた。
……ああ、疲れた。