指切り
好きだと、大好きだと、愛してると何度告げても足りない。
もっともっとこの愛を確かめたい。
でも彼は不安だと言う。
端正に整ったその顔を小さく歪めながら、覇気のない縋るような声音。
ああ、そんなに不安にならないで。
彼の細い髪に指を絡めて向き合えば、彼は眉尻を下げて少し悲しそうな顔。
お願いだから、そんなに泣きそうな顔をしないで。
その顔を見せるのは私にだけだとしても、私はそんな顔をさせたい訳じゃないの。
何をする?何をすればいい?
彼の髪からゆっくり手を下に下ろしていき、男なのにキメの細かい肌に指先を這わせる。
すると彼が私の手首を握り、手のひらにキスを落とす。
「いつまで傍にいられるかもわからない、いつお前が心変わりするかもわからない」
つまらなそうな寂しそうなようわからない顔をして呟く彼。
私の手を握ったままもう片方の手で、くしゃりと髪を掻く。
本当に彼はやきもち焼きなのだ。
だけれど、私は彼のそういうところが好きなのだ。
だから私は何度も彼に嫌われないよう、同じ言葉をくり返し伝える。
「大丈夫」だと。
たった六文字の言葉に私の全ての想いを詰め込んで。
「大丈夫、私は心変わりなんてしないから。大体、貴方以外に好きになれる人なんて現れないから、大丈夫」
掴まれた手首が熱い。
私はその手にもう片方の手を絡める。
「…本当か?」
かすれ気味のテノールが鼓膜をくすぐる。
私の顔を覗き込む彼が愛しい。
「信用ないなぁ。約束するよ、永遠の愛を誓うよ」
苦笑混じりにそう言えば、ほんの僅かに彼の顔がほころぶ。
でもまだ不安があるのか、眉間のシワが取れない。
どうすれば信用出来るか、どうすれば不安が解消出来るのか。
彼が望むことなら全てしてあげたい。
だってこんなに思い悩むくらいに私を愛してくれている。
なら私も同じものを、それ以上を彼に返してあげたい。
髪を切るか爪を剥ぐか、何をすればいいか問えば彼は少し考える素振りを見せる。
そしてしばしの沈黙のあと、彼は何かを閃いたような顔つきになり私の手を離した。
まだ熱を持つ手首を指先でなぞる。
彼の懐から取り出された銀のナイフ。
「指切り、するか」
妖しくそれでもどこか寂しげな表情で笑う彼。
私は熱を持った手とは逆の右手を差し出し、彼に向かって微笑んだ。
愛を示すなら目に見える形の方がいい。
別に指の一本、二本なんてことない。
遥か昔遊女が愛を示すために指を切ったのと同じだ。
それくらいの覚悟がなくては、私は彼を愛せない。