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皆の子  作者: なむなむ
1/1

始まり

「おーい、ミナ。お昼だよ」

母の声が田んぼに響いている。

「分かったァ」

と僕はそう返して、手に持った鍬を放した。一伸びし、鍬を肩にかけ家まで向かった。

 僕は母と二人暮らしで、僕が小さな畑を耕して、母は家で糸を紡いで布を作り暮らしている。父は僕が幼い頃に居なくなったと聞いている。決して生活は楽ではないけれど、近所の人達の助けもあって、母と一緒になんとか生きていることは出来た。


 目の前には茶碗が一つ。堅めに炊かれたご飯が容量の半分ほどある。お昼ご飯だ。少ないが、我慢しなければならない。僕はとにかくお腹が空いていて、すぐに平らげてしまった。

「まだ足りないでしょ。これ食べていいよ」

不憫に思ったのか、母がまだあまり手を着けていないご飯を差し出した。

「いや、大丈夫。最近元気ないよね。僕よりお母さんの方が、きちんと食べないと」

それだけ言って、また畑へ向かった。

 もっと頑張って、母に楽をしてもらいたい、という気持ちが強くあった。


 日が暮れてきて、そろそろ止めようかと思っているとき、ゲンさんが声をかけてきた。ゲンさんは近所に住んでいるおじさんで、僕達によく、差し入れといって色々な食べ物やお金になりそうなものをくれていた。

「よう、ミナ。頑張ってんな」

「あ、ゲンさん、こんにちは」

手を止めて、ゲンさんの方を向いた。

「何か用ですか」

「うん、ちょっと今年は多く作りすぎてね、これやるよ」

と、肩ほどの広さもある箱いっぱいに詰まった芋を指さした。「こんなにいいんですか」

いくら作りすぎたとはいえ、これは多すぎるだろう。

「こんなに貰えません」

「いやいやいいんだよ」

と笑顔でゲンさんは応えた。引き下がってくれそうもない。僕は何か後ろめたかったが、ありがたく頂戴することにした。


「また貰っちゃったよ。この辺の人はみんな優しいのかなあ」

夕食の食卓で、僕がそんなことを零すと、

「そうねえ、きっとそうなのよ」

と母がえらく大きな声で言った。びっくりして母の方を向くと、母はやってしまった、という感じで、決まりが悪そうにしてる。しかし、食べ物を分けて貰ったというのに嬉しそうには見えない。何か悩み事でもあるのだろうか。お裾分けは昔からあるのに、特に最近、お裾分けを貰うとこんな表情になることが多い。

「そういえば、僕の名前って何か女の子みたいだね。生まれたとき勘違いしたの?」

僕は場を明るくするためにそんな冗談を言った。

「そうね、どうだったかしら」

と母は微笑んで応えたが、どこかぎこちない笑顔だった。

「僕のお父さんも気が付かなかったのかな。はは」

僕がそう言うと、母の顔から一瞬笑顔が消えた。目から光が消えた。すぐに笑顔に戻り、僕の軽口に返していたが、僕はその内容など頭に入って居なかった。ただ後悔だけがあった。もう父のことは話題に出さないでおこう。


 夕食も終わり、母は食器の片付けに土間へ行った。その間に僕は着替えを済ませ、二人分の布団を敷いた。布団は僕と母で別々の部屋に敷くので、僕は一人外に向いた部屋で寝ることになる。寂しいとか、そういう感情はない。物心ついた頃からそうだったのだ。

「じゃあ、おやすみ」

まだ何か作業をしている母の背中に手を振りつつ、床へ付いた。明日も朝は早い。しっかり寝ておかないといけない。


 何か頭の中がもやもやする。全身が熱く、動悸もする。しかし、それは苦しみではなく、今まで感じたことのない快楽を伴ったものだった。徐々に快楽が高まってくる。段々脈が速くなり、それが最高潮に達したとき、僕は覚醒した。

 運動もしていないのに息が切れている。汗もびっしょりだ。全身が汗で濡れている。いや、何だろう。股のあたりは、少し感触が違う。触ってみると、べたべたしている。気持ち悪い。

 急に尿意が襲い、用を足そうと布団を剥いだとき、がそごそ、がさごそ、と小さな音がしているのに気づいた。よく耳を澄ますと、衣擦れの音みたいだった。母の部屋から聞こえてくる。悪いと思いながらも、僕は母がいるその部屋を覗いてみたい衝動に駆られた。

 そっと障子を開けて、顔を近づけてみる。そこには、母はいなかった。


 母はいない。ただ獣のように狂った動物が二匹。はあはあと煩い。そのうちの一つは母に似ているが、ありえない。服ははだけ、肌は紅潮している、それが薄暗い中でも分かった。気分が悪くなってきたが、目をそらすことは出来なかった。長い時間その雌を見ていたが、雄の方を見ると、こっちはゲンさんだ。と、そうハッキリ理解できた。

 僕はその行為の一部始終を見て、また布団に潜ったが、眠れなかった。


 翌朝、僕は日の出より遅く起きた。居間へ行くと、母が朝ご飯を用意していた。芋が蒸かしてある。

「あら、おはよう」

母の声は優しかった。

「うん」

「どうしたの?具合でも悪いの?」

僕の生返事に心配したのか、そう尋ねた。何ともない、と応えるとそう、と言って元の作業に戻った。僕は食卓についた。お腹はそれほど空いていなかった。

「ほんとに大丈夫?お母さん心配」

見かねて母がもう一度訊いた。僕は迷ったが、心の内を打ち明けることにした。

「ちょっと気になることがあってね、あのね、昨日、お母さんの部屋誰が居たの?」

まっすぐ目を見つめる。母は驚いたような悲しいような顔をして、しばらくそのままだった。が、急に泣き出した。大粒の涙をいくつも落とし、そして僕に抱きついた。

「ミナ、ごめんね、訊かないで。お願い、お願いだから。見逃してちょうだい」

お願い、お願いと繰り返して、泣き続けた。

 その日は一日気まずくて、だからこそ、仕事に集中できた。

 

 夜、いつものように床についたが、眠れる訳がない。起きたままで、いくらか時が経った。

 木がきしむ音がする。誰か入ってきた。そのまま足音は母の部屋へと消えていき、また、衣擦れの音がし出した。しかし、今日は母の声が、小さいが聞こえてきた。やめて、と言っている。拒んでいる。が、段々声が媚びてきて、母の声ではなくなった。そして、昨日と同じだ。野性。

 僕は我慢が出来なかった。立ち上がり、勢いよく障子を開けた。雌の方は昨日と同じ。だが、雄の方は違う。

 雄が僕の方を見て、にやついた。何かささやいている。よく聞こえない。

「何やってる」

出来るだけ平静を保ったつもりだったが、幾分声がうわずった。

「これはこれはミナ君じゃないか。いや失敬、母を借りているよ。まあ、もう十何年も昔からの、『裸の付き合い』だから、気にしないで」

「巫山戯るな!」

勢い込んで叫んだが、後の言葉が続かない。頭がぐるぐるして、世界自体も回転している。立つことも覚束ない。胸の中に黒い塊が陣取って、呼吸さえも。


僕は走った。当てはなかった。ただ現状から目を避けるために、現実から逃げる為に。がむしゃらに、めちゃくちゃに。


何か、出来が悪いエロ漫画みたいな展開になった。

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