吉水健二 〜出所〜
七つか八つの頃だった。
金槌で泳げなかった健二は、川で溺れて死にかけた。その時、助けようとして一緒に溺れてしまったマヌケが慎太郎だった。
幸い二人は近所の大人に助けてもらったのだが、健二はこの時のことを、マヌケな幼馴染の行為を死ぬまで忘れないと心に誓う。
そしてその誓いは、慎太郎に裏切られて投獄されても守られたのだった。
頬を強く打つ風が心地よく感じる。
目の前に広がる荒野は、かつての経済大国である日本の変わり果てた姿だったが、健二は十年越しに感じる果てしない開放感の方が遥かに勝っているようである。
「吉水、この後どうする気だ?」
刑務所の門前を微動だにしない健二に耐えかねた顔馴染みの刑務官が尋ねる。
「まさかお前、組に戻ろうってんでもないだろ?見ろよ、だーれもお前を出迎えちゃいない。」
普通、その手の組織の組員が刑務所に入る場合、組の為に罪を被ったとして、1人か2人は迎えに来て、
「お勤め、ご苦労様です!」
なんてお決まりの一言を添えるものである。
「…………………。」
健二は語らない。あまり喋るのが得意じゃないからだ。
「家族や親戚のところへ行くのか?」
刑務官が尋ねるが、
「家族は………死にました。………あの地震で…………。」
「そうか……………」
それでその会話は終わり、それっきりだった。そこから刑務官が見守ること小一時間、何某か考え込んでいた健二は、自分の中でようやく得心がいったのか、進路を北へ、しっかりした足取りで歩み始めた。
「おいおいおい、そっちにゃあスラムしかねーぞ?ムショ暮らしだからって知らねーわけじゃねーよな……….?!」
今や東アジア最大の活気と治安の悪さを誇るスラムへ赴く健二を、信じられない馬鹿だと目を丸くして刑務官は見送った。