悲劇、秘密
薄暗くなりかけていた周りが突如として明るくなる。明かりが消えたとき、そこに駆逐艦ラッセンの姿はもうなかった。
「「ラッセン」、沈没しました…。」
見張り員が気の抜けた声で報告を入れる。いつもなら「何気をぬいとるか!」を怒号がとぶところだが、誰もとがめられる者はいなかった。
「CIC、艦橋。敵性艦の位置を割り出せ。」
築地が落ち着かせるように、ゆっくりと低い声で命令を出す。
「敵性艦探知!方位3-3-5、距離…わずか40キロ!」
「バカな!?いつからそんな近くに!?」
右ウィングでは見張り員が血眼で水平線を見つめている。一秒でも早く敵性艦を見つけたいのだろうが、視認距離にはまだ遠い。
「艦橋、CIC!「マスティン」より入電!我、敵性艦へ攻撃に移る。貴艦は救助をされたし。」
「CIC、艦橋。了解と伝えろ。それからレーダーから目を離すな!」
「艦橋、CIC。了解しました。」
「マスティン」が敵性艦の方向へと向かっていく。
「機関両舷前進最微ー速!内火艇下ろし方用ー意!」
最上 瞬 船務長が声を張り上げる。すばやく救助しなければ、本艦も無事ではすまされない。
内火艇が下ろされる。登ってこれるやつもいるかと思い、縄梯子を垂らしておいたが、結構な人数が自力で登ってきた。さすが、アメリカの屈強な軍人どもである。
「船務長!内火艇に連絡!島で待機しろと言え!」
「はっ!?」
新井のとっさの判断だった。
「面舵一杯!機関両舷前進全速!進路3-3-5!」
「副長?何をするつもりだ?」
「戦う気はありません。しかし、友軍艦艇を援護するくらいはするべきと判断します!」
有無をいわさない新井の一言に、誰も反論しなかった。いや、できなかった。
「…面ー舵。進路3-3-5。」
「機関両舷前進全ー速。」
進路を変え、マスティンの後ろについたそのときだった。
ドゴォン!
突然、マスティンに爆発が起こった。何人かの乗員が、海面に吹っ飛ばされるのが見えた。
「マスティン、被弾!」
「なんだ!?CIC、艦橋!ミサイルの発射された時間を逆算しろ!」
もう一度、マスティンから轟音が響いた。燃料に引火したらしく、もうマスティンの姿は見えなくなってしまった。
「CIC,艦橋!ミサイルの報告をしろ!」
思わず声を張り上げる。が、信じがたい報告が返ってきた。
「艦橋、CIC!ミサイルの使用確認できず!今の攻撃は、艦砲だと思われます!」
「バカな!たっぷり25キロはあるぞ!?…それに艦砲一発であんなになるとは思えん。」
「しかし、対空レーダーに一切のコンタクトがありませんでした!」
今さらながら、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。あれだけ近距離にいてレーダーに反応しなかった…。さらにこれまたレーダーに反応しないミサイル…。
「艦長!敵性艦艦砲が本艦の方向を向いています!」
「面舵一杯!バウスラスター起動!急げ!」
艦がググーッと左に傾く。その途端、凄い衝撃がきた。
「うわっ!」
艦が揺さぶられる。ローリングが凄い。まともに立っていられない。
「敵性艦発砲!左舷50に至近弾!」
「くっ、チャフをばら撒け!艦長、ひとまず引きましょう!」
軽やかなリズムで、チャフグレネードが打ち上げられる。
「!?艦長!」
築地は椅子の横に倒れていた。さっきの至近弾だろうか。
「誰か、艦長を!艦長負傷!」
大声で叫んだ。
「左ウィング、芦川三曹負傷!」
「機械室、2名が負傷!」
あちこちから負傷者の報告がとんでくる。ハード的な故障の報告がないのは、本当にないのか、それともわからないのか…
「艦橋、CIC!敵性艦、反転!」
「反転!?」
なぜ本艦を仕留めないのだ?砲撃一発が当たらなかった程度で?
「副長、追いかけますか?」
操舵装置にしがみ付いて難を逃れた沼上が訊く。
「…機関両舷前進原速。取舵一杯。…追わなくていい。2隻の乗員を救助しよう。」
新井は今の状況をどう理解していいか解らなかった。
「予備のゴムボートを使用する。…ああそうだ。準備しろ。」
最上が命令を出す。とりあえず、今の我々にできるのは一名でも多くの乗員を助け、共に帰投することだということしか、頭が回らなかった。
もう陽が傾ききった洋上に、頭が浮かんでいる。いくら数えても、その数が2隻の乗員の人数に合うことはなかった。
ウェーク島――
悲しくも、2隻の乗員の生存者を一人残らず救助したが、その人数はわずかに42名。満足に歩ける者は10人にも満たなかった。収容した遺体が、艦内のスペースの一部に整然と並べられている。
「ライアンは死にました。遺体はこちらです。」
ハワイからきたのだろうか、アメリカ海軍の高級将校がクラークの案内で「こんごう」内のライアン中佐の遺体と対面している。
「新井中佐、後で話があるそうだ。ブリーフィングルームを借りたい。」
新井を見つけたクラークが小声で言った。
「わかった。後で行く。」
新井も小声の英語で答えると、医務室へ向かった。
「副長!」
医務室には大田がいた。
「艦長の様子はどうか?」
「まだ意識が戻りません…」
うつむきながら答える。
「そうか…」
新井はそれしか答えられなかった。あの時、艦長に賛同して別行動をとっていたら…。後悔が頭をもたげる。
「またくる。引き続き様子を見ておいて。」
高級将校との待ち合わせを思い出し、ブリーフィングルームへと向かった。
「君が新井中佐か。私は第7艦隊参謀のカーネル大佐だ。」
「お会いできて光栄です、大佐。」
ブリーフィングルームへ入ると、高級将校カーネル大佐を含め、何人か他のアメリカ海軍軍人がいた。全員、第7艦隊がらみだろう。
「そこに座ってくれ、いろいろと話さねばならない。」
ここは断るべきじゃないと、言われたとおりに最前列に座った。
「さて、状況はクラークから聞いた。ご苦労だった、と言いたいところだが、君にはまだ一仕事やってもらわねばならない。」
え?新井は間違いなく日本に帰れると思っていた。
「順序を追って話そう。…ハンス。」
「ハッ!」
他の将官がプロジェクターに映像を映した。艦の二面図だ。
「君たち二人は工作艦の救助を実行中、ある艦に襲われた。その艦がこれだ。艦名は、「アラスカ」」
「アラスカ…」
ふっと何かを思い出した。
「ア、アラスカって工作艦の内部にいた艦…」
カーネルがゆっくりと頷く。
「どうやら、工作艦から自力で出渠したようだ。…そして君たちを襲った。」
カーネルは映像に向き直った。
「実験駆逐艦アラスカ。搭載兵器が問題だ。」
映像が変わった。搭載兵器のリストらしかった。
「100mmレールガン、新型対艦ミサイル、EWAM…」
「EWAM?」
クラークが思わず漏らす。どうやらクラークすらもわからないらしい。
「Electronic Weapon Attack Missile、電子兵装攻撃ミサイルだ。電子を大量に放出し、目標の電子兵装に過電流を流して故障させる。」
「そんな兵器が…」
クラークは驚きを隠さなかった。新井も、目を見開いた。
「この艦はアメリカ海軍の最新技術の塊だ。なんとしてでもとり戻さねばならない。だがこれ以上秘密を知る人物を増やしたくもないのだよ。」
予想外の言葉に、新井は声が出なかった。つまり我々は帰るどころか、この艦の回収に付き合わされるということが明白になったのだ。
「クラーク中佐、新井中佐、両者には「こんごう」で「アラスカ」の拿捕を命じる。」
「おい、ちょっと待ってくださいよ!」
クラークが詰め寄った。
「クラーク中佐、君はサポートだ。「こんごう」に乗艦していてくれ。」
「あんな艦を拿捕しろってか?そんなことができるんだったら、ライアンは死んでない!」
「軍事機密の流出阻止が目的だ。最悪、撃沈してもらってもいい。」
ライアンのことを出して訴えたであろうクラークの必死の反論は、すぐにかき消されてしまった。あきれたといったように、首を数回横に振る。
「「アラスカ」の撃沈…で、いいんですな?」




