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事実

 「これから、我々の置かれた状況を説明します。質問は後より受付ますので、黙って聞いて下さい。」

今まで聞いたことのないほどゆっくりと喋った。英語には多少の自信がある新井には、訳さずとも意味が分かった。

「まず、あの貨物船のことから説明します。…ライアン、頼む。」

「分かった。…あの貨物船は、アメリカ海軍指揮下のものです。それも特殊な任務を帯びている船です。」

「…?」

二人は顔を見合わせた。言われていることがよくわからない。ライアン中佐はさらに続けた。

「あの貨物船の正体は、仮装工作艦です。内部はドックになっており、巡洋艦サイズの艦までの応急的な修理などができます。そして今回、それを利用してある艦の輸送に使われました。」

「その艦がこれです。…軍事機密なので、これ以上の情報は我々にもありません。」

そう言って、クラークが書類を出した。3人とも覗き込む。ご丁寧にも日本語訳されていた。

「…アラスカ…新型実験…駆逐艦…?」

築地はまったく分からないといったような顔つきだ。

「…つまり例の貨物船は、実は米軍の工作艦であり、内部のこの艦もろとも行方不明になってる…ということでよろしいのですか?」

新井がゆっくりと英語で聞く。

「理解が早くて助かります。しかし、本当の問題はここからです。」

クラークが座りなおす。

「貨物船…もとい工作艦ラーク・レイザーは、ある組織によって奪われたとみられます。ある組織の名前などはまったく分かっていません。ただ組織的にあの艦が奪われたということだけです。」

「工作艦内の新造艦、アラスカは軍事機密の塊です。つまり、極秘の内に捜索救助しなくてはなりません。」

なるほど、軍事機密は米軍内部でもあまり大人数に知られたくないってか。じゃあなぜ我々海自艦艇が参加させられたのか…。

「質問をよろしいかな?」

築地がおもむろに手を上げる。

「ええ、どうぞ。」

「その工作艦を見つけるあてはあるのかね?」

「はい、行方をくらましたポイントから衛星などを使って捜索しています。工作艦なので、そこまで船足は速くありません。見つけるだけなら、明日にでも見つかることでしょう。」

「では私からも。」

「どうぞ。」

「その組織に接触する可能性があるのでしょうが、戦闘になる可能性はあるのですか?」

途端に、クラークが黙った。ライアンも口を閉じたままだ。クラークのアイコンタクトを無視している。

「正直に答えてくれませんか?我々はただ艦を操っているだけではない。乗っているクルーの生命も預かっているのですから。」

これで「ある組織」が平和的な組織でないことは明白となった。だから3艦で行かせたのだろう。

「…戦闘になる可能性はあります。でもご心配なく、そうならないように全力を尽くします。仮にそうなっても、我々2隻だけで戦闘を行います。」

「そうは言われても、クルーに危険が及ぶのは…」

反論しようとする築地を、新井は制した。

「艦長、ここはついていくべきでしょう。彼らはアメリカ海軍軍人です。下手なことはしないんでしょう。信頼していいと思います。」

「しかし、万が一ということが…」

「帰投中にその組織に出くわしたらどうします?現時点ではどこにいるかも分からないのです。ここは彼らと行動するのが最善の策と思います。情報も彼らから貰えますし。」

「うーん…」

築地は考え込んでしまった。

 しばしの沈黙の後、ようやく築地が口を開いた。

「…司令に命令を仰ごうか。」

「わかりました。」

新井は一息ついた。これでとりあえずこの緊張感から一時的ではあるが抜けられる。

 ところが、それをクラークたちに伝えると必至になって説得してきた。

「ここは艦長での判断をお願いします。少しでも早く現場に向かいたいのです。」

「既に許可は得ています。どうか、ここでの判断を。」

聞き流しながら、向こうも大変だろうと思った。いろいろと辻褄があっていない。ただ彼らは上から、なんとしてでも3艦で判断と行動をしろと言われたのだろう。

 「艦長。もう腹をくくりましょう。」

始まって1時間、熱が引いてきたとこを見計らって新井が艦長を再び制した。

「艦長が司令からお叱りを受けるのが嫌なら、代わりに私が受けますよ。彼らだって必死なのはわかるでしょう?」

「…。」

築地はまた沈黙に戻ってしまった。もう新井は耐え切れなかった。

「わかりました、ただしクルーの生命が危険に晒されることが確実と判断した場合、即刻帰投しますがいいですか?」

「おお、理解していただけたことに感謝します。それで結構です。」

二人は嬉しそうに返事をした。

「では工作艦の位置が分かり次第出撃します。」

「わかりました。最後尾より続きます。」

二人は頷くと内火艇で各々の艦へと帰っていった。

「大田、CPO室で艦内インカムで流すように言ってくれ。…大田?」

大田はうずくまっていた。これから恐ろしい戦闘に巻き込まれるかもしれないと思ったのだろう。

 肩を貸し、梨田の部屋のドアを叩いた。「こんごう」のたった二人の女性隊員だから、部屋も同室だ。

「あ、副長。って、どうしたの、奈緒ちゃん!?」

「わけは後で話す。俺は今から艦内放送をしてくる。…言っておくけど俺がそうさせたわけじゃないからな!」

クギを差して、CPO室へと向かった。


 「艦内放送にしました。どうぞ。」

カチッとスイッチを入れる。まさか「こんごう」に来てはじめての艦内放送で、こんなことを喋らなければならないとは…

「副長より全艦へ伝達する。本艦はもうすぐ貨物船の捜索救助への行動を開始するが、これには特殊な事情があることがわかった。詳しくは省かせてもらうが、戦闘に巻き込まれる可能性が出てきた。繰り返す、戦闘に巻き込まれるかもしれない。以上。」

これ以上喋ることもできず、雑になってしまった。

「副長、CIC。副長、CICへお越し下さい。」

さては連絡が入ったか。心の揺れをごまかすかのように、新井は走ってCICに向かった。

 CICには、既に艦長以下島田や沼上もいた。

「ターゲットをマーシャル諸島で確認。停船中。これよりマーシャル諸島に向かうと連絡が入りました。」

「よし、進路は…ついていけばいいか。」

マーシャル諸島までは約3日といったところだ。最も上手くいけば一週間後には日本に帰れる。…最も上手くいけば、だ。

「副長、戦闘に巻き込まれるかもしれないって、どういうことです?」

島田が訊いてきた。訊かれるのは予想していたが、やはり背筋に冷たいものが走る。

「あの貨物船は、本当は米軍の工作艦だ。しかも、行方不明じゃなく武装組織に奪われたんだ。…ここまで言えばだいたいわかるだろう?」

「えっ?それって、我々が取り返しにいくってわけじゃないですよね?」

「前へ出るのは米軍で、本艦はそのサポートだそうだ。とりあえず、危なくなったら逃げていいと許可はもらった。」

「じゃあ逃げる準備も必要ですね。」

いつもは割りと明るい島田だが、今は少し顔が引きつっているように見えた。おそらく、他の連中も同じような顔をしていたのかもしれない。


 3日が経った。太陽は若干傾きかけている。3艦は単縦陣でポイントへと向かっていた。

「そろそろポイントへ着くぞ。島影に注意してくれ。」

「了解です。」

左ウィングから返事が聞こえた。声は震えた様子もない、いつも通りの声だ。

「艦橋、CIC。「ラッセン」より入電。「ラーク・レイザー」を発見した。救助に向かう。だそうです。」

「CIC、艦橋。「こんごう」了解と返電せよ。」

「艦橋、CIC.了解です。」

速度を落とし、島に近づく。新井は双眼鏡で島を覗いた。

「島から撃ってきたら、ここは安全じゃあないな…」

あまり想像はしたくない。島は木が生い茂っていることから無人島らしい。人はおろか、生き物の存在も確認できない。

「機関両舷前進微ー速!進路2-7-0!」

沼上が復唱する。

「「マスティン」乗員が上陸するようです!」

「マスティン」が内火艇を下ろしている。両舷とも下ろすのだろうか。

「副長、我々も何かした方がよいのだろうか?」

築地が訊いてきた。

「艦長、それは…」

「艦橋、CIC!所属不明機が高速で接近中!」

新井をさえぎってCICから報告がとんできた。

「CIC、艦橋!方向と進路知らせ!視認圏内までの時間は!?」

残念ながら、その返事は必要なかった。とんできたのはミサイルだった。

「2時方向よりミサイル!目標は「ラッセン」!」

ドオン!轟音とともに、ラッセンに爆発が起こった。

「ラッセンにミサイル弾着!」

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