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出会いと疑念

 ガガガガ…。

マシンガンの銃声が、失いかけた意識の中にくぐもって響く。声も出せない。息が苦しい。

 ほんの数十分前まで、静かに伝わってくる船の機関音を心地よく感じながらうとうとしていた。そのときの自分は、今この現実を理解できないであろう。

 うつ伏せの状態から力を振り絞って首を回した。何も見えないのは暗いからか、それとも目をやられてしまったからか…。耳からは、相変わらず銃声と誰かもわからない男たちの声が入ってくる。何を喋っているのかも聞き取れない。

 体が突然重くなった。いや、何かをくくりつけられたようだ。ボロボロのなった体で、それを拒むのは不可能だった。

 甲板をゴロゴロと転がされる。まるで丸太にでもなったかのようだ。甲板上のものが体を否応なく襲ってくるが、痛みはもう感じとれなかった。

 不意に体が軽くなった。同時に冷たくもなった。ああそうか、俺は海へと落とされたのか…。そう悟るのに、時間はかからなかった。

 アメリカ海軍に入って20年。まさかこんな形で最期を迎えるとは――


 2033年11月、横須賀港――

 護衛艦「こんごう」内――

 コンコン。ドアを叩く音がする。

「今行く。」

短く返事をし、ドアを開ける。作業着のクルーが立っていた。

「副長、艦長がお呼びです。」

「わかった。どうせ艦長室だろ?」

右手に書類、左手に帽子を持ちつつ、小走りでラッタルを駆け上がった。

 新井 義博 35歳。階級章は二等海佐となっている。護衛艦「こんごう」の副長として、先日きたばかりだ。

 息をはずませながら艦長室のドアを叩く。

「入れ。」

「失礼します。」

右手の書類を腕に抱え、そのままドアを開ける。

「あったのか?」

「ええ。ちょっと探すのに苦労しておりましたが。」

頭を下げながら書類を机に置いた。それを手に取りじっくりと見るのは、艦長の築地 裕也。

「ま、あったならいいだろう。他に何かないかね?」

「特に何も。」

「よろしい。下がってよし。」

「はっ、失礼しました。」

頭を下げながらドアを閉める。補給品関連の書類をようやく見つけ出し、ホッと胸をなでおろした。

 食堂を通ると、誰もいないのにテレビがついていた。

「まったく…、電気の無駄だな。」

新井は普段ガサツであるが、なぜかこういう時だけは神経質だ。テーブルの上のリモコンをとりながら、つい見てしまった。

「本日、日本時間午前0時ごろ、ハワイ島沖西約300kmでアメリカ船籍の貨物船「ラーク・レイザー」号が行方不明となっていることがわかりました。同船は東京湾からオアフ島を経由してノーフォークに向かう途中で…」

「おっと、こんなことしてる場合じゃなかった。」

急いでテレビを消し、艦橋へあがろうとしたそのとき、

「副長、砲雷長、航海長、船務長、通信長。艦長室へ。」

艦内インカムだ。やれやれと思いつつ艦長室へと走った。


 「今、司令から命令があった。」

全員が揃ったのを確認すると、艦長はおもむろに切り出した。

「本日午前0時頃より、ハワイ諸島沖の西160海里でアメリカ船籍の貨物船が行方不明となっている。これをアメリカ海軍と共同で捜索しろ、とのことだ。」

新井と砲雷長、島田 浩二は顔を見合わせた。ハワイ近海なら、なぜ我々が出て行くのであろうか。

「直ちにこれを通達、指定されたポイントで米駆逐艦2隻と合流する。いいな。」

「はっ、直ちに出港準備にかかります。」

命令として出た以上、断ることもできず履行するしかない。

「砲雷長、他をまとめて出港準備を。俺はCPO室にいってくる。」

「わかりました。お願いします。」

 島田と別れ、その足でCPO室へと向かう。めんどくさいのでドアは足で蹴り飛ばしてしまった。

 「な、何ごとですか…?」

秋山 良治 掌帆長が驚いていた。

「ああすまん。クルー全員に連絡してくれ。本艦は貨物船捜索のために緊急出港すると。」

「今からですか?」

「嫌なら司令に言ってこい。俺だって行きたくないんだから。」

最後の一言を小さく言って艦橋へと駆け上がった。

 「…そうだ。舷梯をあげる準備をしろ。すぐに出港になる。」

沼上 昭 航海長が通信機に向かって叫んでいる。ウィングにも、クルーが既に集まっている。

「副長、出港作業は後30分で終わります。」

「どうせクルーが30分で帰ってこれるとは思えん。ゆっくりでいい。」

沼上の方を見向きもせず、そのまま艦内電話をとる。

「CIC、艦橋。梨田通信士、いるか?」

少しおいて、若い女性の声が返ってきた。

「艦橋、CIC。梨田三尉います。」

「CIC、艦橋。梨田、今から降りるから司令に電話をつなげといてくれ。」

「艦橋、CIC。了解です。」

電話を切って、振り向いた。築地がラッタルを上がってきているところだった。

「出港準備は?」

「あと1時間でできます。もうしばしお待ちを。」

「ううむ…、もっと早くできないのか?」

「クルーの帰艦時間があります。彼らをおいていくことはできません。」

「集まり次第出港だ。…ああそうだ、補給品の書類は目を通しておいた。また帰投したときに出しておいてくれ。君の部屋に置いておいたから。」

「わかりました。恐れ入ります。」

軽く頭を下げ、ラッタルを全段飛び越した。


 CICの扉を開けると、梨田がいた。

「副長!?どうしたんですか!?苦しそうな顔をしてますが…」

「あ、これはラッタルから落ちたんだ。」

若い女の子の前で、まさかラッタルを飛び越して着地失敗、腰をやってしまったとは言えない新井。

「副長、今つながりました。」

「ありがとう、おお痛た…」

腰をさすりながら受話器をとる。

「司令、あと1時間後には出港できます。合流予定のアメリカ駆逐艦の艦名を教えてください。」

「あと1時間か。まあよい。「ラッセン」と「マスティン」だ。両方ともアーレイバーク級駆逐艦になる。」

「わかりました。ありがとうございます。Link24で逐次報告します。」

「了解した。気をつけてな。」

受話器を置き、振り向きざま

「Link24の接続チェックをしろ!」

と怒鳴った。そのままチャートテーブルを覗くと艦艇のマーカーが出た。

「Link24、接続確認!」

「よし、システムチェックをやっておけ。向こう行って使えないというのはなしだぞ。」


 「舫いはなてー!抜錨!」

「左右確認、バウスラスター起動!」

「機関両舷前進最微ー速!進路0-4-0!」

忙しい出港のひとときである。艦橋は戦場のように忙しくなる。

外ではクルー達が震えながら帽振れをやっているのかと思うと、楽な部署はなさそうだ。

「機関両舷前進微ー速!進路0-4-5!」

沼上が復唱し、艦が曲がる。この出港は、動きがあわただしい割りに艦がなかなか進まないので、新井にはじれったい時間だった。

 そうこうしている内に、浦賀水道へと出た。アーレイバーク級駆逐艦2隻が待機しているのが目に入った。


 合流して5日、「ラッセン」を先頭に3艦は一路ミッドウェー諸島を目指していた。通信で喋ったかぎりでは、ミッドウェー諸島に立ち寄りそこで詳しく話す、とのことだった。

梨田が「話す」と訳したこの言葉に、新井は妙な感じがした。直接聞いたわけではないし、梨田の翻訳を信用していないわけではない。ただ、捜索救助になぜ「話す」の言葉が出てきたのかが気になった。

 だがもうミッドウェー諸島には3時間もすれば入港できる。この謎も解けることであろう。

「何を思っている、ただの捜索じゃないか。」

自分に向かって妙な胸騒ぎを振り切ろうと言い聞かせた。

 夜がふけたころ、3艦はミッドウェー島沖に投錨した。待機していた米軍の油槽船が補給をしている間に「ラッセン」と「マスティン」の艦長が乗り込んでくるらしい。

「「こんごう」が広いからだろう。巡洋艦くらいの大きさがあるしな。」

築地がそう言いつつ、2艦の艦長のいる部屋のドアを開けた。大田 奈緒 衛生士もいた。

「築地艦長、お会いできて光栄です。ラッセン艦長のハリー・クラークです。」

「マスティン艦長、ジョン・ライアンです。」

大田が訳して、築地が頷く。

 5人が腰掛けると、クラークが話し始めた。そこで聞いたのは、新井の想像の及ばぬ事であった――


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